愛知県東三河の城館めぐり(第2日目②岡崎城)

名古屋研修旅行下見2016年5月22から23日 (1)復元された大手門(東から)
若越城の会の県外研修第2日目、少し遅い昼食をとった後、三番目の見学地岡崎城に到着しました。

名古屋研修旅行下見2016年5月22から23日 (2)二ノ丸に建てられている三河武士の館・家康館
岡崎城は家康の祖父清康が明大寺から居城をこの地に移して、岡崎城と呼ばれるようになったと言います。
遠くからでもひときわ目立つ天守は、明治になって一旦取り壊されたものが、昭和34年に市民の要望で鉄筋コンクリート製の天守としてよみがえりました。
内部は岡崎市の歴史を展示する資料館として見学者の利便に供しています。

名古屋研修旅行下見2016年5月22から23日 (3)本丸北側の空堀
二ノ丸の東側には三河武士の館・家康館があります。こちらは家康に関する資料を展示しています。城跡公園の入口はこの家康館の東で、つい最近復元された大手門が出入り口となっていて、見学客に分かりやすいように整備されました。
ただし、この大手門はもっと北側にあったものですが、配置上この場所に復元されたと言います。石垣の積み方が地元の御影石を使って、切石による切込み矧ぎとなっていますが当時は野面積みだったようです。

名古屋研修旅行下見2016年5月22から23日 (6)同空堀(この堀はさらに大手橋の青海堀とつながっている)
それよりなにより、この岡崎城で城歩きマンが感心したのは、本丸御門を防禦している両脇のみごとな空堀です。
城の西側に矢作川、南に菅生川が流れる天然の要害の地に、東海道を城内に引き込んで3重の堀で囲む縄張りの岡崎城ですが、内側の本丸周辺は空堀と水堀の併用でした。

名古屋研修旅行下見2016年5月22から23日 (5)本丸御門左手の辰巳櫓(この石垣は切石の布積みになっています)
名古屋研修旅行下見2016年5月22から23日 (4)龍城神社と岡崎城天守(龍城神社は龍神によってこの城が守られているという伝説があります)
この空堀は深く、鋭くえぐられて場所によっては斜面に石垣が貼られたところもあります。これは家康が関東に移封されたあと、田中吉政が入城して石垣積みに改修したと伝えられるものです。
家康の城も含めて、関東から東海地方の戦国期末にかかる城跡には、少なからず、こういった規模の大きな空堀をもつものが見受けられます。

江戸時代になると、徳川氏譜代の本多氏が長く岡崎城主を勤め、明治を迎えました。
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