愛知県東三河の城館めぐり(第3日目)

三河の城館めぐり2016年11月18~20日 (16)吉良温泉から見た朝日
若越城の会の愛知県東三河の城館めぐりの旅は3日目を迎えました。
前日に宿泊した吉良温泉の民宿は、三河湾国定公園の海辺の高台に立っていて、窓から見たご来光はとても神々しいものでした。

三河の城館めぐり2016年11月18~20日 (17)西尾城鍮石門(ちゅうじゃくもん)
予定の8時30分に民宿を発って3日目最初の見学先西尾城へと向かいました。
西尾城は天守が本丸ではなく、二ノ丸にあるという変わったお城で知られています。その二ノ丸の天守台が復元整備された、というので見学コースに入れてみました。

三河の城館めぐり2016年11月18~20日 (19)西尾城内の旧近衛邸
あとでわかったことですが、西尾城の城主には幕府の要職にあった大給松平家の第11代当主乗佑(のりすけ)がいました。父乗邑のあとをついで延享2年(1745)佐倉城六万石を引き継ぎます。
この乗佑の代に西尾城への所替えがあり、また知行分の不足を補うとの名目で明和元年(1764)越前国天王村他一万石も拝領しています。西尾藩の陣屋跡が今も同越前町天王に遺存しています。不思議なご縁でした。

三河の城館めぐり2016年11月18~20日 (20)平成28年に復元児が完成した二ノ丸天守台
更に付記しておきたいのは、この乗佑さんが明和4年(1767)10月におこった越前国の領地内の洪水に際して、年貢米の被害を補うため江戸の蔵米を立て替えるよう幕府に上奏していることも西尾藩の文書によって知ることができます。
10月の洪水と言えば、十中八九台風の被害だと思われます。

三河の城館めぐり2016年11月18~20日 (21)二ノ丸天守台から本丸丑寅櫓跡を望む
また西尾城にはもう一つ、話題があります。
見学の時にご披露できればよかったのですが、これもあとでわかったことです。
城内の二ノ丸の中ほどに旧近衛邸が建っています。

この建物は、江戸時代後期に島津斉彬の姫が近衛忠房に嫁いだことが縁で、島津家によって建てられたものです。その後、昭和60年に西尾文化協会に よって部材を運び、平成7年(1995)現在地に移築復元したそうです。建物は書院と茶室からなっています。とても瀟洒な佇まいで、落ち着いた雰囲気をもった庭も景観にマッチしていました。

三河の城館めぐり2016年11月18~20日 (18)本丸丑寅櫓(平成8年に推定復元されました)
近衛忠房公の父親は忠煕さんで、あの篤姫の養父です。近衛家から将軍家定の正室として嫁いでいったことはあまりにも有名ですね。
こんなこともこの西尾城には関わりがあって、とても感慨深い城の一つになりました。
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