福井県越前町芝築地山城の踏査

編集_芝山城跡、尉ヶ峰城跡踏査2016年11月2日 005乙坂集落と乙坂山(向かって左の山、半分切れてしまいました)
平成28年11月28日(月)天候晴れ時々曇り
あと何日晴れの日があるでしょうか。いつ雪が降ってもおかしくない時節になってきました。巷では車のタイヤを冬用に替える準備に入っています。

そんな年の瀬に近づいた今日この頃ですが、城歩きマンは山城のことばかり考えて暮らしております。先日登城した越前町栃川の山城のことが忘れられず、是非とも年内には乙坂山も踏査したいと熱望していました。

栃川周辺の山城位置図『福井県の遺跡地図』に掲載されている山城の位置図(国土地理院の地図を一部改変して使用しました)
たまたま月曜日は雨の予報でしたが、天気が思いのほか晴れ間が出てきて、これならいけるかナ、と思って乙坂山の芝築地山城跡を踏査しました。

前回のブログで書きましたように、この栃川周辺の山城のことは『福井県の中・近世城館跡』や『福井県の遺跡地図』で名前の表記間違いがあることが分かりましたが、内容はどうでしょうか?

そこのところが一番気がかりなのです。内容に修正点があれば、これは指摘する必要があるでしょう。
そこで、体調はあまりよくありませんでしたが、乙坂山に登城しました。しかし、神様はちゃんと見ていて下さるのでしょうか、そんな城歩きマンに情けをかけてくださいました。

乙坂山登山道案内図乙坂集落の登山道入り口にある説明チラシ
乙坂山の山城は、戦時中対空監視所になっていたとのことですが、大きな穴が二ヶ所みられただけで他には大きな削平や撹乱は見当りませんでした。

そして、最初に指摘しておきたいのは、乙坂山(芝築地山)城は『中・近世城館跡』にも掲載されているように、土塁囲みの山城だということが分かりました。ただ、『中・近世城定館跡』に掲載された図は土塁が直角に折れ曲がっているように見受けられますが、そうではなく、自然地形に合わせたプランで土塁を回しているように感じられました。

今回はこの、乙坂山の城跡のプランの概要がハッキリ城歩きマンにも認識できる土塁囲み(一部には折れを伴う)、食違い虎口をもった山城であるということが分かったのです。

この発見、再確認も大変すばらしいことだと思います。
一帯に福井県の嶺北部で土塁をもつ山城がいくつ確認されているか?全く僅少の状態です。そこにこの乙坂山が一つ加わったのです。

前回も書きましたが、やはり越前町の旧朝日町周辺は見直しをする必要が大いにあると思われます。<この項続く>
スポンサーサイト

COMMENT 0