福井市牛若城跡の踏査

福井市牛若城の踏査2016年12月2日 (1)手前の丘陵の中央あたりが牛若城跡
12月2日(金)天気晴朗。
この機会にと、土塁囲みの山城を登城することにしました。
『福井県の中・近世城館跡』掲載図から、その多くは確認済みですが、福井市徳光町と太田町の間にある「牛若城跡」がまだ現地踏査していませんでした。

標高も比較的低く、87.7mということなのですぐ登れそうな山城だったことから、慌ただしい時節ではありますが登ることにしました。牛若城とは、名前が印象的でしたがあの牛若丸には全く関係ありません。かの『越前国城跡考』にも時代不知の城として記しています。
また、「牛岩城」と書く場合もあり、こちらは誤植かと思われますがいずれにしても名前の印象で覚えやすい城跡名です。

福井市牛若城の踏査2016年12月2日 (2)水準点87.7mのある山頂部
入口に「熊注意!」の看板があったものの、思った通りの高さと裾に近いところでしたので、勇気を出して登ることにしました。
『中・近世城館跡』に掲載されている遺構は徳光町集落の西端の農道から真っすぐ進んで突き当たりの山裾から、未舗装の砂利道の林道を少し登ったところにありました。

福井市牛若城の踏査2016年12月2日 (3)南側尾根線上の土橋状の山径
掲載図にはコの字形に東に開く土塁のように見えました。実際に現地に立ってみると、草茫々で周囲の様子は見通しが利きません。しかし、ようようの態で地形の状態を確認しましたが、どうやら下から削り出して作った林道の終点=たまり場になっていて、20m四方の平地になっていました。
コの字形の土塁はこの削平で削り残した残骸と思われます。

福井市牛若城の踏査2016年12月2日 (4)長方形の高まりと段差
ここから北西方向、丘陵先端部に痩せ尾根が続いていましたので歩いて確認しましたが、低い方形の高まりが階段状にいくつも確認できました。福井市史などで確認されている太田山古墳群の一部かと思われます。

福井市牛若城の踏査2016年12月2日 (5)横穴式石室の露出かと思わせる岩塊がゴロゴロ…。
さらにコの字形土塁(?)の先の南側尾根線を進んでみました。
歩き始めてすぐに土橋状の地形があるかと思えば、浅い堀切状の地形も確認できます。標高87.7mの水準点のところまで歩きました。
もう、このあたりでははっきり、方形を主体とした古墳群が累々とつながって確認でき、中世山城の遺構とは少し趣きが違っていました。

福井市牛若城の踏査2016年12月2日 (6)方形の高まりの一つ
その最たるものは、水準点のところから100m進んだところに1m大の岩がゴロゴロした場所があり、石室墳の盗掘坑かと思われる窪みも確認できます。
今回は古墳群と重複した山城の一つを現地確認できた、という意味で収穫だったかなと思います。
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