東海の名城めぐりの旅(墨俣城)

東海の名城見学研修2016年10月30日 (ブログ用) (22)墨俣河川公園から見た墨俣城復元天守
平成28年10月30日(日)東海の名城めぐりの企画があって、終日参加しました。前日の清州城に続いて、信長の天下取りの大事な一戦となった「墨俣川の戦い」で舞台となった墨俣城へ向かいました。

東海の名城見学研修2016年10月30日 (ブログ用) (23)正面の入口手前の橋から見た復元天守
場所は岐阜県大垣市墨俣町、長良川と墨俣川が合流する地点にあたり、何故か、この場所は大垣市の飛び地になっています。少し離れて木曽川が東に流れていて、文字通りこのあたり一帯は水郷地帯の真ん中です。

夕暮れに近くなって、墨俣城に到着しました。川風がヒンヤリしてなんとも言えず旅愁を誘います。
河川公園の駐車場にバスを停めて少し離れた復元天守まで歩くことになりました。

東海の名城見学研修2016年10月30日 (ブログ用) (24)復元天守と同時に建てられた豊国神社(分社)前にある参道の絵馬とひょうたん
墨俣城天守は大垣城をモデルにして建てられた、全くの模擬天守です。平成3年4月に完成、オープンしたものでこの構想には賛否両論、議論があったということですが、思い切ったアイデアですね。

東海の名城見学研修2016年10月30日 (ブログ用) (25)復元天守(北側より)
歴史的には信長の美濃攻めに伴い、秀吉(当時は藤吉郎)が蜂須賀小六などと協力して一夜で城を完成させたという、有名な話があります。
城歩きマンもそうした逸話にひかれて、熱心に城内の博物館の展示を見学させてもらいました。

東海の名城見学研修2016年10月30日 (ブログ用) (26)館長さんの説明に聴き入る・・・
その中で、館長さんから天守を建てるまでの苦労話や、その後の墨俣城への見学客の反応などを伺いました。
河川敷の中にあって、遺構らしいものもない墨俣城を近世の宿場町で復元するのも、知名度からして問題があり、城跡としてどうやって整備するか頭を悩ませた結果、どうせやるなら本格的な近世のお城を復元しようということになったそうです。周囲から猛反対があったものの、押し切って建設したらしいのですが…
そんな、似たような例は福井にもあります。

東海の名城見学研修2016年10月30日 (ブログ用) (28)館内の展示パネル(整備前の墨俣城遠景)
勝山の平泉寺のすぐそばに立っている「勝山城」です。
コンクリートで、姫路城をモデルにして建てたという、おもちゃに近いハリボテ。勝山出身の起業家T氏が生前に税金対策で地元に建てたという代物。あまりにも荒唐無稽なものだったこともあって、地元には受け入れられず、結局自前の骨董品収集の展示施設になったという話。

墨俣城推定復元図墨俣城復元イメージ図
墨俣宿推定復元図墨俣宿復元推定図
両者、全くの模擬天守(史実とは無関係)なのは共通していますが、個人的な思い付きと遺跡への愛着心からというスタンスの違いが大きく異なっているように思われます。

東海の名城見学研修2016年10月30日 (ブログ用) (29)墨俣川河川改修工事で出土した兜
東海の名城見学研修2016年10月30日 (ブログ用) (27)長良川上流の岐阜城遠望(矢印)
天守内部の博物館展示を見ながら、最上階の展望室から、遠く長良川上流にある岐阜城を遠望しました。夕方とはいえ、天候は晴れていて、夕日を浴びた岐阜城の金華山の雄姿がとても印象的に輝いて見えました。
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COMMENT 2

怜の父  2016, 12. 18 [Sun] 23:23

整備前の墨俣城の写真がありましたが、そっちの方がいい雰囲気だしてましたねぇ。
木下藤吉郎の活躍をリアルに再現するのなら、復興天守よりも粗末な櫓や塀を作った方がよかったかもしれませんね(^^;

勝山市のエセ勝山城よりはかなりマシですが‥
あの石垣の中の龍はなんなんでしょうね。

ただ、かなり貴重な屏風とか収蔵されてるので、たんなる骨董見学のつもりで行くと意外と面白いですね(^^)

中京の方からこの墨俣にある大垣城の復興天守はよく話題になります
館長さんも苦労なされてるんですねぇ(^^;

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城歩きマン  2016, 12. 19 [Mon] 08:12

怜の父さん、コメントありがとうございます。

ネットでいろんなブログを拝見していますが、福井を訪れた人の中で、勝山市の平泉寺や村岡山城を見学した話がよくアップされています。

その中に勝山城のことも写真入りで紹介されたりするのですが、小笠原氏の勝山城と混同されているのか、あるいは柴田勝安の袋田城(勝山城)と混同しているのか、平泉寺の前にあるハリボテの勝山城のモニュメントを掲載しているのを見かけます。

なかには、「歴史読本」とかいう雑誌に「柴田氏が築城し、平成に再建された大天守」として紹介していたりして、もう何をかいわんや、です…

これが既成事実化すると、怖いものがありますね。

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