「ふるさと福井の歴史と文化財にまなぶ」講座(1月分)実施

ふるさと福井の歴史と文化財にまなぶ(レジュメ表紙)「ふるさと福井の歴史と文化財にまなぶ」講座レジュメの表紙
福井新聞文化センター講座「ふるさと福井の歴史と文化財にまなぶ」(平成29年1月分)を実施。

1月は朝倉氏滅亡後の越前一向一揆の動向と関連する一揆の話を中心に進めました。
一向一揆は朝倉氏が義昭を奉じて上洛することを躊躇させた大きな要因の一つと言われていますが、朝倉氏に限らず、天下統一を果たした徳川家康、そして朝倉氏を滅ぼした張本人の織田信長自身が、いくつのも一揆との戦いを経て、艱難辛苦の末に天下統一への道を勝ち取ることができた、という話をいたしました。

編集_手筒山から木の芽峠を望む敦賀・手筒山から木ノ芽峠の方向を望む
福井にはそうした一向一揆にまつわる話題はたくさんあるのですが、地域の学習会や、小中学校の郷土学習にはふさわしいことではないのか、あまり取り上げられる機会がないようです。信長が行った一揆狩りは凄惨を極め、女、子供に至るまで耳をそぎ、皆殺しにしたと言われていますので、教育上好ましい教材ではない、とも思われます。しかし、どこまでもこの話は避けて通ることが出来ないのではないか、とも思われます。


本講座でもこのあたりの所は詳しく、生々しい内容を取り上げることが主目的ではありませんので、立ち入った話はしていません。それ以外の一向衆にまつわる宗教行事にはなるべく多く触れて、現在、ほとんど見られなくなった地域の伝統行事などと共に話し伝えていくことは大事なことだと思っています。

編集_木の芽城塞群鉢伏城跡木ノ芽峠の現地にある説明板(黄色矢印が鉢伏砦)
今回、1月分を実施する中で、新たに取り上げている歴史資料の一つに「賢会書状」というのがあります。
賢会(けんえ、またはけんね)というのは大町専修寺のお坊さんのことで、天正2年(1574)に信長の越前再侵攻に備えて、木ノ芽峠の鉢伏砦に立て籠もっていた時に、加賀の諸江坊というお坊さんに宛てた手紙が遺っていて、その内容が、陣中から直接感じた気持ちや城砦の現状などを赤裸々に、詳細に書き残しているので貴重な史料となっています。

今までこの書状にはあまり関心を持っていなかったのですが、今回、この書状を読み返してみて、実は大変貴重な書状だということに今頃になって、気付くことができました。長いこと歴史の勉強をやっているといいことがあるものです。

何がそんなに貴重なのか。
一揆と時の支配者との戦いはあちこちでいろいろと取り上げられることが多いのですが、こと、越前の一揆について触れた「生の資料」とでも言えるような文書が、実はこんな近くにあった、という話。

編集_き木の芽城塞群①木ノ芽峠城塞群・鉢伏砦(「福井県の中・近世城館跡」より引用、一部改変)
恥かしい話、もっと早く気づいていれば…。
専修寺の賢会というお坊さん、実は武将の立場を兼ねた大坊主で鉢伏の城(砦)を二千人の兵で防備にあたっていたということが記されています。鉢伏にはその他にも西光寺(さいこうじ)、正闡坊(しょうせんぼう)、今小路、照護寺の坊主衆が共に立て籠もっているとも書いています。

この書状は城塞のことを「要害」とも「輪」とも表記していますし、中の建物を「小屋」と言っています。この表現は古い時期から防禦用の城砦、特に山城のことを根小屋と呼んでいたことと通じています。
また、自分たちが身に着けている具足が傷んだので修理に出していること、その代金が七貫文であることや、8月に立て籠もった砦が10月になって、専修寺配下の坊主たちがいつの間にか逃亡してしまったことを憤慨していることが述べられていて、とてもリアリティーを感じます。

鉢伏の砦はその西麓にある杉津、河野の砦と共に重要な防衛ラインを形成している砦です。しかしながら、身の回りのこまごましたことは詳細に語られますが、軍事機密になるのか、城砦の詳しい構造については殆ど記されていません。
この辺に限界性も感じるのですが、そこまで言わなくてもこの資料は一揆衆の陣中の様子が手に取るように分かる貴重な文書資料であることに変わりはありません。

今後、もっと掘り下げて読み直していきたいと思っています。
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COMMENT 1

怜の父  2017, 01. 31 [Tue] 22:27

記憶が曖昧なんですが、「朝倉始末記」に載っていたのでしょうか。
生々しい表現と、当時の一向衆徒の最前線の士気の低さがよくわかる面白い記事でした。

信長の一揆衆への虐殺について、あまりよく知られてないのですが、最近のISの虐殺と全く同じだということが驚きです。もう閲覧禁止になってますが、ISがシリア等で機械的に地元住民を次々と殺害していく動画がながれていて、これを見た私は天正期に織田家が府中近郊(南条地区・王子保地区)で行った虐殺とはこういうものなんだと感じました。
当時の日本も野蛮な行為をしていていたものです。

本当に一揆の事については地元でも詳しく記してませんよね。
わざと触れないような感じにも思えます。福井県民なら知っておくべき事だと思います。
このような内容の講座って滅多にない貴重なものですね。

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