越前斎藤氏と実盛塚

実盛池
丸岡町長畝・実盛池
9月25日(火)久々に福井新聞講座の写真あつめのために、石川と福井の関係遺跡を回ってきました。
今回扱う時代は鎌倉時代です。鎌倉時代の福井はどうだったでしょうか。日本史の舞台に何が上っていたでしょうか?木曽義仲や義経はもちろん関わってきますが、なんといっても平安時代の末から鎌倉時代、そして南北朝や室町時代の越前の在地土豪の草分けといえば斎藤氏です!
鎌倉時代の初期を飾るのは、源平争乱の数ある戦闘シーンのひとつを担った火打合戦、篠原合戦で活躍した平氏軍、その中で異彩を放つのが篠原合戦で討死した斎藤別当実盛です。この武将は越前出身であり、かつ義仲とも関係があった人物です。
そのせいか、福井周辺には実盛の由緒地が多く残っています。坂井市丸岡町長畝には討死した実盛の首を洗ったという実盛池があります。また、鯖江市南井町には実盛の生誕地と伝える屋敷跡があります。
南井町実盛塚
鯖江市南井町・実盛屋敷跡
現在は斎藤氏宅の西側の山付きに御堂があり、脇には石塔が残されています。この斎藤氏は平安時代の鎮守府将軍藤原利仁大将軍を祖とし、その後の越前の有力武士を数多く分出していきます。そのなかに戦国時代に有力国人に成長した堀江氏がいることはよく知られています。
福井の鎌倉、室町時代を知るにはこの斎藤氏の存在を軽視することはできません。しかし、まだまだその実態は明らかになっていません。基本的なことに立ち返るようですが、このあたりのことを忘れかけていたようで面映ゆいです。
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