あわら市後山館の踏査

編集_2017年3月16日あわら市後山地区の踏査 001あわら市後山地区方面を望む(手前の山並みの奥が後山地区)
2017年3月16日(木)坂井市にある後山地区の城館を踏査しました。


先日来、織田町の蔵ヶ岳城跡の踏査に向かいましたが、現地が雪で踏査不能と知り、場所を変えて坂井市後山地区の城館めぐりに切り替えてみました。

編集_2017年3月16日あわら市後山地区の踏査 006向かって左端が上野山城、右が河上城の山並み
この後山地区は木曽義仲の陣城があったり、室町時代には坪江郷を治めていた在地土豪の深町氏の居館跡があったり、西側の山並みには古墳が尾根線上に累々と並んでいる地域です。
「越前国城跡考」には「後山城」一ヶ所、「後山館」四ヶ所が記載されており、朝倉氏の家臣深町兵庫とその一族に連なる武将の屋敷跡が遺存すると伝えています。

編集_2017年3月16日あわら市後山地区の踏査 004あわら市の行政区を示す標識と後山地区の家並
後山地区は東に富士写ヶ岳(標高941.9m)の嶺を擁し、北には刈安山(標高547.7m)、剣ヶ岳(標高567.8m)の山嶺が並ぶ山岳地帯の裾部に位置しています。
盆地状に周囲を山に囲まれていますが、北陸道の東回り、牛ノ谷峠を越えて加賀に入る位置にあって、東は狭い谷あいの間道から竹田地区を越えて、大内峠越えで加賀山中に入る道の岐路にあたります。
この竹田地区への谷道の入口には河上城、上野山城などの山城がマーキングされ、平安時代末の木曽義仲関連の城跡の痕跡が残るとされています。

編集_2017年3月16日あわら市後山地区の踏査 009後山地区西南の深町安芸守の屋敷跡の方角を望む
いずれにしましてもこの地区は、中世を貫いて多くの遺跡を集中的に確認できる地域のひとつです。とても一日や二日では回り切れないエリアですが、とりいそぎ北陸自動車道の脇にあるとされる「後山館」と、後山地区東側山裾にある「中山周防守」跡を現地踏査することにしました。中山周防守は深町一族の一人と考えられる武将です。集落の南西、東山集落の西約300mの場所には「城跡考」に云う「深町安芸守」の屋敷跡の伝承地があります。

編集_2017年3月16日あわら市後山地区の踏査 010前方の小山が高速道路わきにある後山館跡
これらのいちいちについては詳細な現地調査が行われていず、よく分かっていません。一日も早い確認調査が必要である所以です。

編集_2017年3月16日あわら市後山地区の踏査 015後山館跡の位置には民家が一軒…
前置きはこのくらいにしてさっそく高速道路わきの後山館に向かいましょう。
集落の付近に車を停めて、館跡と思しき高台に上ります…。辺り一面は藪となっていて、手入れが入っている様子はありません。地形はなだらかに傾斜する丘城の地形で、頂上に民家が一件ありますが、それ以外には何も遺構は確認できませんでした。

編集_2017年3月16日あわら市後山地区の踏査 019中山周防守屋敷跡とみられる一帯(後ろの山は上野山城跡)
次に、後山地区の東側山麓、中山周防守の屋敷跡を踏査しました。
高速道路によって分断された水田の東側一帯です。灌漑用のため池があって、周囲はきれいに区画整理されていました。旧地形の様子はほとんど偲ぶことができませんでした。

編集_2017年3月16日あわら市後山地区の踏査 022遺跡の最高所にある溜池
今回は、居館跡の踏査でしたが、二ヶ所いずれもが宅地造成や水田の区画整理などで削平されているようで、遺構の詳細は明らかにできませんでした。
スポンサーサイト

COMMENT 0