大野市小山城跡の踏査(2)

2017年3月小山城跡の踏査(ブログ用) (6)六ノ平下の腰曲輪(五ノ平に向かって延びている)
2017年3月28日(火)大野市北御門にある小山城跡を踏査しました。比高差約30mの独立丘陵上に築かれた山城です。南北に約300m、東西に約200mの範囲に広がっています。

2017年3月小山城跡の踏査(ブログ用) (7)五ノ平手前の大堀切(東から)
村社「熊野神社」境内の奥から尾根線を伝って、稜線に出、尾根伝いに曲輪を確認していきました。
最初は東端にある曲輪で、『福井県の地名』事典に言う「六ノ平」にあたるところかと思われます。5、6m下位にははっきりした腰曲輪が両サイドに確認できました。小山城では各曲輪の斜面下に腰曲輪が張出していて、極めて明瞭に遺存しているのが分かります。

2017年3月小山城跡の踏査(ブログ用) (8)大堀切の切れ込み(南斜面から)
県内の山城が数ある中で、小山城跡ほど明瞭な腰曲輪が見られるのも珍しいことです。城歩きマンは小山城のように幅の広い、明瞭な腰曲輪が囲繞しているのを見たことはめったにありません。

ここを下りて、さらに西に進みます。細長い曲輪があって40m程先には大きな、深い堀切が見えてきました。堀切は南西側、集落のある斜面に向かって竪堀となって垂下しています。進行方向に向かって右側、北東側の谷部は2、3段の平坦地となっていて、かつて家臣の屋敷跡があったのではないかと推定されています。

2017年3月小山城跡の踏査(ブログ用) (9)炭窯のために掘り込まれ、穴ぼこ状態の派生尾根の付け根部分
ここで進行方向を東側の派生尾根に向かうことにしました。こちらの尾根上にも、いくつかの曲輪が並んでいるので確認することに。
ちょうど「六ノ平」の真下辺りになります。
しかし、この派生尾根の付け根辺りは凸凹していて、土取り穴のような形状が目立っていました。地表を見ると真黒な炭層が辺り一面に広がっていて、どうやら炭窯がいくつか掘られた跡のようでした。

2017年3月小山城跡の踏査(ブログ用) (10)派生尾根先端部の竪堀
2017年3月小山城跡の踏査(ブログ用) (11)竪堀の手前の腰曲輪(北から)
さらに派生尾根の先端に向かって進んでいくと、最高所の曲輪に着きました。
ここもきれいな、はっきりした腰曲輪が北西から北側に回り込んでいるのが確認され、大小2条の竪堀も確認できました。

2017年3月小山城跡の踏査(ブログ用) (12)竪堀の先端部へつづく腰曲輪(北側斜面に回り込んでいる)
この竪堀は幅約2m、深さ約1m内外とはっきりしていて明瞭です。判断に迷うようなこともなく、分かりやすい形状がこの山城の特徴かと思います。

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