大野市上舌「茶臼山城跡」の踏査(1)

2017年3月大野市茶臼山城跡の踏査(ブログ用) (1)大野市下舌から茶臼山城跡を望む
2017年3月29日(水)大野市上舌にある茶臼山城跡を踏査しました。

2017年3月大野市茶臼山城跡の踏査(ブログ用) (2)すぐ北隣にある御城山城
この城跡については、北隣りにある御城山城跡を踏査して、次はぜひこの城跡に登らねば、と思いつつ何年も経過していました。
大野市域は県内でも山が多い地域。熊やイノシシなど動物の出没が絶えない地域でもあり、丸岡と同様、なかなか気軽には足を踏み入れられない所です。そういうことも一因で、後回しになってしまいます。

2017年3月大野市茶臼山城跡の踏査(ブログ用) (3)上舌集落手前の道路から望む
しかし、ネットでは福井県大野市「茶臼山城跡」を検索すると、2,3のブログでこの山城を取り上げているものがありました。

2017年3月大野市茶臼山城跡の踏査(ブログ用) (4)御城山城の西麓にある白山神社
標高324m、比高差約110mの丘陵上に、基本的には単郭で、北、南、北西方向を堀切で遮断し、周りに腰曲輪と竪堀、畝状竪堀などを有する山城だと紹介していました。『福井県の中・近世城館跡』では遺構概念図が載せてありますが、方形の曲輪に2、3の堀切が伴う程度に書いてあり、比較的単純な縄張なのかな、と思いました。

編集_大野市上舌「茶臼山城」遺構模式図茶臼山城跡遺構概念図(『福井県の中近世城館跡』より引用、一部改変)
ネットでは県外から城好きの人が、狙ってこの山城を踏査している様子で、他の山城との比較検討などはせず、先ずは現状の報告、といった趣きです。
それを読む側の城歩きマンも、畝状竪堀をもつ山城か―、どんな山城だろうかと普通に興味をもって登りました。特別な踏査の目標があったわけではありません。

2017年3月大野市茶臼山城跡の踏査(ブログ用) (5)茶臼山城跡入口付近(道路わきに木碑がある)
ただ、先日の南越前町の上別所にある茶臼山城で、山頂部の主郭のまわりに畝状竪堀が廻っていると報告して、栃川の茶臼山城などと何故か茶臼山城と名があるものは皆、畝状竪堀が伴うのか、と思いたくなるような偶然が重なっていて、不思議な印象を持っていたことは確かです。

2017年3月大野市茶臼山城跡の踏査(ブログ用) (6)少し登りかけたところに説明板が…(上庄歴史の会が建立)
2017年3月大野市茶臼山城跡の踏査(ブログ用) (7)さて、いよいよ登城です(黄色矢印から登ります。イノシシ除けの鉄線がありますが…)
茶臼山城は、佐開城のように谷筋にわんさか雪が残っていることもなく、全山きれいに乾いていました。所どころにイノシシやクマの糞と思しきものが尾根筋のアチコチに転がっていました。それを見るたびにギョッとするのですが、思い直して前へ進むのみ。
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