大野市牛ヶ原城跡の踏査(2)

2017年4月1日大野市牛ヶ原城跡の踏査 (14)「牛ヶ原城跡」と「稲荷山古墳群」のある丘陵(南から)
2017年4月1日(土)、大野市牛ヶ原城跡を踏査しました。

最初、県道大野・皿谷線のトンネル手前にある城跡のほうへ行きましたが、主郭部の回りが林道でズタズタ状態になっているのを目撃して、暗澹たる思いになりました。

2017年4月1日大野市牛ヶ原城跡の踏査 (15)尾永見集落の奥にある栄照寺の裏手から伐採された斜面を望む
昼食後は、『福井県の遺跡地図』にマーキングされた国道158号線の花山トンネルのすぐ北側の丘陵にターゲットを絞って、ここを踏査することにしました。遺跡地図には「牛ヶ原城跡」(№05029)と「稲荷山古墳群」(№05030)がマーキングされています。
大野市が現在整備している場所、旧美山町皿谷へのふるさと林道の脇にある城跡を牛ヶ原城跡とすれば、ここは何なのか?この疑問を解明するためにも一度きちんと登ってみるべき。

2017年4月1日大野市牛ヶ原城跡の踏査 (29)荒削りの林道を登ると、東側斜面の上に堀切らしい凸凹が…
1日(土)のこの日、尾永見集落から現地を見上げると北側斜面一帯が跡形もなく伐採されて、まる裸状態…。近くを通りかかった村の人に思わず訪ねました。「あの山、きれいに伐採されてますね。林道ができているようですけど、車は入れますか?」
村の人曰く、「杉の木を伐採するための林道やざ―、車はとても無理やな。」ということでした。

30年ほど前は、杉の木などの伐採は索道を使って、ワイヤーケーブルで吊って引っ張りおろしたものです…。わざわざ、林道まで作って斜面をズタズタにする必要があるのでしょうか。コスト的にこの方が安いのでしょうか?いろいろと考えながら、にわか作りの林道に沿って、山の尾根を目指して登ってみました。

2017年4月1日大野市牛ヶ原城跡の踏査 (24)中腹の林道から尾永見(手前)、牛ヶ原集落を望む
上る途中、東側の痩せ尾根を見上げると、きれいな稜線が見えて、何やら堀切のようなV字カットも見えます…。これは―、ひょっとすると、と思いながら尾根線のほうへ歩いて行きました。
東側尾根線上に着いて目の当たりに見ると、何とまさしく尾根線カットの見事な堀切でした。

2017年4月1日大野市牛ヶ原城跡の踏査 (19)尾根線の最上部にある堀切(まだ残雪があり、杉枝や葉っぱが投げ込まれている)
伐採された杉の木の枝やら葉っぱ、切れ端が堀切の中に投げ込まれていて、地形が見にくいのですがまぎれもなく堀切。これは明らかに山城だな、と直感してこの尾根線をつぶさに踏査することにしました。
するとあるは、アルハ―、堀切、曲輪、堀切、曲輪、古墳、等々がつぎつぎに並んでいます。遺跡地図からすると№05030の稲荷山古墳群から少し北に離れた位置になり、派生尾根のひとつになります。この尾根にも古墳群があって、後世には中世山城に修築されたものと思われます。


そう考えると、ここに山城があるという状態がすっきり理解されます。
マーキングされた№05029の牛ヶ原城跡の位置まで歩いてみましたが、この場所は現在の位置から奥になり、高度もウンと高い場所になります。山城の遺構痕跡はまったく確認できませんでした。

『遺跡地図』のマーキングの位置が西にズレて印刷されていることが指摘し得ると思います。正しくは№05030の位置の稲荷山古墳群の範囲を広くして北側の派生尾根にも古墳群と中世山城がある、というふうに追加修正する必要が出てきた、ということのようです。
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COMMENT 2

怜の父  2017, 04. 07 [Fri] 06:08

遺跡地図はかなり大雑把な印象です。
図書館でコピーするしか入手方法はないんでしょうか?

昔の事はわからないのですが、たいした事をやらないのに直ぐに林道がつけられますね。
勝山で下請けで林道をつけに行った事もありますが、こんなところに林道つける意味あるのか?って疑問に思えます。
業者の仕事をつくるだけの意味のない工事を発注しまくる行政を変えなければ、無意味に自然破壊と税金の無駄遣いをくりかえします(-.-)

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城歩きマン  2017, 04. 07 [Fri] 07:44

怜の父さん、コメントありがとうございます。

アチコチの林道、本当に必要があって付けたのか、疑問に思うものが多いです。大事なことは、林道などの掘削工事は、一旦削られた土地は二度と同じようには復元されない、ということです。

植物や動物の自然環境が変わって、少なからず影響が出るらしいです。遺跡にとっても、環境に対しても良いことはほとんどありません。

くれぐれも開発業者さんには、そのことを考えてほしいと思います。

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