大野市牛ヶ原城跡の踏査(3)

2017年4月1日大野市牛ヶ原城跡の踏査 (28)城跡の山に咲いていたミツマタの花(この時期、とても可憐に咲いていて印象的でした)
4月1日(土)大野市にある牛ヶ原城跡を踏査しました。

その日の午後、気になっていた『福井県遺跡地図』にある牛ヶ原城跡のほうを踏査しました。
遺跡の位置の修正についてはともかく、花山トンネル上の山城について現状を報告しましょう。もっとも、今までの話からすれば、花山トンネルの上ではなく、ずっと東に外れた尾永見集落の裏山にあたる位置になりますが…。

尾永見集落裏の丸裸になった山の斜面を、お粗末な、にわか作りの林道を伝って、尾根線まで歩いて登ることにしました。
村の人の話しの通り、杉の木の伐採のために、あたり一面の樹木がきれいに刈り取られ、歩いて登るには全く障害物もなく、楽に登ることができました。

2017年4月1日大野市牛ヶ原城跡の踏査 (20)山城のほぼ真ん中から下手の曲輪群を望む
遺跡№05030の牛ヶ原城跡は、尾根線上に直線的につくられた山城で、上から順に堀切、平坦地、円墳2基、堀切、方形墳(または曲輪)、堀切、方形墳(または曲輪2基)、堀切、方形墳(曲輪)といったように、規則正しく、方形墳(曲輪)が4基、堀切も4ヶ所、交互に並んで確認されました。最初の大きな堀切には土塁が伴い、遺存度も大変良好な状態でした。

そこから約35m離れて、円墳や前方後円墳と思しき古墳が連続して、その後曲輪と堀切が交互に連続しているという状況。
その最先端部は集落のすぐ真上にあたり、土取りで削られたように崖面となっていました。
概してこの尾根線は、古墳と中世山城とが重複して営まれた遺跡であると言えます。

2017年4月1日大野市牛ヶ原城跡の踏査 (23)同位置にある堀切(堀切は合計5条確認できました)
一方、これらの山城遺構が並ぶ尾根の東側支尾根では、集落近くまで高度を下げて、やや急勾配ながら、階段状に方形墳をこれまた連続して刻んでいるといった状況で、中世の曲輪や堀切は確認できませんでした。

2017年4月1日大野市牛ヶ原城跡の踏査 (25)この堀切は山城遺構から少し離れた高所の尾根線上にある(ここまでが山城の範囲か)
2017年4月1日大野市牛ヶ原城跡の踏査 (27)堀切からさらに奥の丘陵尾根線(ここから花山トンネル真上付近まで歩きましたが、山城遺構はありませんでした)
以上のことから、牛ヶ原城跡は大野市が整備した三社神社の祠のある尾根、鍋床山の牛ヶ原城跡に加えて、遺跡地図に言う№05030の稲荷山古墳群の北側に重複して山城があり、この山城部分を含めて全体で牛ヶ原城跡とまとまった範囲を考えた方が現実的で、より正確だと思われます。

追記:この記事をアップした直後、機会があって福井県が公開している文化財情報ネット『福井県の文化財』を閲覧しました。そこに載せている埋蔵文化財の地図上に№05150「牛ヶ原城跡(三社之城跡)」として、県道皿谷・大野線の城跡について追加のマーキングがなされていました。
しかし、花山トンネル上の城跡と稲荷山古墳群の箇所については、訂正や修正はありませんでした。
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