「続日本100名城」選定について

福井新聞記事「日本の二百名城」決まる
福井新聞4月7日(金)の社会面に標記の記事が載りました。
日本城郭協会というところが2006年の日本100名城の選定に続いて、新たに100カ所を名城に選定したとしてリストを発表しました。

福井県は100名城の一乗谷城と丸岡城に続いて、大野城、福井城、佐柿国吉城、玄蕃尾城の4城が新たに選ばれたとのことです。
福井県が新たに4ヶ所も増えたということには、もろ手を挙げて賛成です。しかしながら、福井だけで4ヶ所も上げているところをみると、他の県には200名城に加えられるような城があまりなかったということになるのでしょうか、それも少し気になるところです。

マ、それはさておいて、今回の「続100名城」の選定基準は協会の会員や一般からの推薦を受けてリストアップし、そこから以下の基準で選出したと言います。
➀優れた文化財、史跡であること。
➁著名な歴史の舞台になっていること。
➂地域、時代を代表するような城であること。

前回の100名城の時と基準はさほど変わらないのですが、城跡としての価値を重視したとも言います。
ある種の人気投票のようなところもありますが、これはこれでいいことだと思います。老若男女が、日本の各地を旅行する際にどこを見ようかという時、この100名城のリストは大いに利便性や話題性があって喜ばれるものとなるでしょう。

さて、今回選ばれた大野城、福井城、国吉城、玄蕃尾城のうち、最後の玄蕃尾城は滋賀県との境界にあるので、正確には滋賀県との合作、といったことになるでしょうか。
そして、国吉城は現在も発掘や史跡整備が進められている遺跡で、観光地としての価値は将来性大で、極めて有望な城跡です。
これからどのように史跡整備していくのか、そのやり方次第で福井県の史跡めぐりのリーダー的な存在になり得るものと期待できます。

大野城と福井城は近世の城下町があって、どちらも中世からの前史、つまり時代をつらぬいて流れる歴史性というものが大きな性格規定の基になっている遺跡です。
もっとも、大野城は最近、天空の城で大きくクローズアップされた、といういきさつもあり、人気度からいって当然の結果だと言えるでしょう。

福井城は、というとこれも近年の幕末における坂本龍馬の手紙などで大きな話題をもたらしたことが選定の後押しになっているのは否めないと思います。
しかしながら、もっと見てほしいのは、福井城が本来持っていた歴史的な価値でしょう。結城秀康から始まる福井藩の歴史は徳川幕府のはじまりの歴史をそのまま体現しているとも言え、時代をつらぬいて親藩大名としての地位を維持し続けた福井藩の、シンボルであった福井城。

天守こそ再建されませんでしたが、御家門(徳川御三家に並ぶ家格)として、また当初68万石の大名として築造された福井城の偉容は広大な内堀やシャクダニ石の切石積による高石垣によって威厳が守られてきました。

現在、城西側の御廊下橋に隣接して、本丸跡から、二ノ丸堀・御座所跡に続く山里口御門の復元整備が行われていて、これが完成すれば、また一つ福井城の見学スポットが増え、楽しみも倍増するというものです。

シャクダニ石による切石積は当初からのものと思われ、北陸近郷の大名による天下普請で造られたとはいえ、その高石垣の優美さや技術の高さは素晴らしいもので、価値ある城郭遺構のひとつと言えるでしょう。
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COMMENT 2

闘将!刑部  2017, 04. 16 [Sun] 01:23

No title

 4城がエントリーされるとは、夢にも思わなかったですね。(^^)

 佐柿国吉城は、城あるきマンさんも仰られている通り、発掘調査による成果やそれ以降の整備の協議も進んでいますので、しかるべきものと思います。
 ただ欲言うと、朝倉vs粟屋(若狭武田・織田)の舞台ですから、国吉城だけではなくて、その周辺の朝倉の付城もセットで入れてほしかったと思います。

 意外であったのが、大野城と福井城のエントリーでした。
 これは全くの自論でありますが、天守は模擬でありますし、山の一部自体が改修されていますので、亀山だけの範囲によるものだと、エントリーとしてはどうなのかな?と思ってしまいます。
城という範囲の定義を城下町までということであるならば、金森長近が小京都風に構築した街並みが、現在にも名残があると思いますのでいいのでありますが…。
どうも最近の流行となっている「天空の城」の話題性で上がってしまったのではと、偏りな考えになってしまいます。
 私的には、撮影スポットである、戌山城の方を…。
ところで、天空ファンの方々は、ちゃんと城跡から撮影しているとお分かりになっているのだろうか…。

 さて、福井城でありますが、これもケチをつけちゃうのですが、(←ご容赦を)
濠と石垣(天守台)は残っているものの、本丸に建っているのは県庁と県警本部ですから…。そして、御座所の発掘後、折角いい石垣が出てきたのに、埋めちゃって公園化しちゃうし…。
またまた勝手な自論ですが、福井城として歴史に登場するよりも越前松平家として出てくる方が多いのではないでしょうか。(有名どころで、秀康に、慶永(春嶽))
 私的には、城としてなかなか登場してこない城よりも、幻の城とされている北の庄城の方がよっぽど魅力に思います。
現代でも痕跡が少なく本当に幻の城でありますので、条件の「史跡」というのには当てはまらないかもしれませんが、9重天守で勝家とお市が火中のなか、落命していった話は、フロイス宣教師の資料より真実性が濃いということもありますし、何と言っても、ロマンといいますか、悲壮あふれる物語でありますので、想像たくましくしてくれるスポットだと思うのであります。

 最後に、これが入ったかと驚いたのが、玄蕃尾(内中尾山)城です。
 正しく心の中で、よくぞ選んでくれたと低頭したものです。
 遺構もしっかりと残っていますし、整備もしっかりです。(手入れ、ご苦労様です。)
 積雪以外でも、城跡を楽しめる、そして何と言ってもTHE!小さな土造りの近世城郭のお手本というべき史跡だと思います。
この城は、城郭史的に非常に価値の高いものだと思います。
(これ以上語ると、長くなるのでここで留めます。)

 もし、「続々日本100名城」とあるのであれば、
密かに考えさせられるお城の村岡山城を押したいですね。( 一一)

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城歩きマン  2017, 04. 16 [Sun] 08:26

闘将!刑部さん、コメントありがとうございます。

もしかしたら、本当に「続々日本の100名城」が出るかもしれません。

そうしたら、闘将!刑部さんのおっしゃるとおり、村岡山城、賛成です。戌山城も本命の山城で、絶対に入れてほしいですね。

今回、城歩きマンが1~4月にかけて歩いた県内の山城で、素晴らしいものが盛りだくさんありました。

これからドンドン、多くの人に知ってもらえるよう機会を見つけて話していきたいと思っています。

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