福井の城館めぐりを振り返って(4)

編集_芝山城跡、尉ヶ峰城跡踏査2016年11月2日 003
今回、県内の山城について、内容の不明なものを集中的に歩いたわけですが、一番印象に残っているのは昨年秋に歩いた旧朝日町栃川にある茶臼山城です。

旧朝日町の北、栃川集落の入口右手の標高80mほどの丘陵末端部に所在する小さな山城です。
最初、この栃川集落周辺には尉ヶ峰城跡、茶臼山城跡、芝築地山城跡と『福井県の中近世城館跡』には土塁囲みの曲輪をもつ山城の遺構図が掲載されていて、是非とも、この目できちんと確認しておきたい、と思ったのが発端でした。

その手始めにと登ったのが、『遺跡地図』に記された尉ヶ峰城跡でした。この城跡名はその後の福井県の文化財関連ネット上で遺跡地図が掲載されていますが、きちんと「茶臼山城跡」に訂正されていましたので、この地図で検索する分には問題はありません。この時の様子については2016年11月8日、9日のブログで詳しく触れていますので、ご参照ください。

城歩きマンが驚いたのは、その茶臼山城跡が畝状竪堀をもつ単郭の山城だったということです。一乗谷城のように尾根線に連続する曲輪を築いて、その曲輪に多数の畝状竪堀を巡らせるといったものではありませんが、集落の入口に位置して、当初見張台として築かれたものを、後には一定数の兵士が立て籠もれるように改修して築いたものと考えられる山城です。

主郭の段下には、現在、竹やぶで鬱蒼としていますが、数段の段曲輪があるようにも見受けられますので、正確に言うと単郭ではないかもしれません。竹やぶの段々は後世に植林のために削られた段々の疑いも考えられますので、断定は控えておきます。

いずれにしましても日野川左岸の丹生山地の山裾に近い低丘陵上で、この畝状竪堀が刻まれた山城が見つかったことは、以前のブログでも何度も書かせてもらいましたが、特筆に値するもので、城歩きマンにはとても大きな成果になったと内心喜んでいます。

何よりもこの発見によって、今後も、県内で新しく畝状竪堀をもつ山城が発見されるかもしれないという予感を抱かせてくれたことに感激している今日この頃です。
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