福井の城館めぐりを振り返って(7)

福井の城館めぐりを振り返って、6回まで縷々つづってきましたが、これだけは忘れないで述べておきたいな、という山城がありますので書き添えておきます。

2017年3月28日(火)荒島岳と周辺の景観、佐開城の踏査 (4)佐開集落と佐開城跡遠望(南西から)
それは大野の山城で最後に訪れた佐開城跡です。
この山城は数年前から、何度も挑戦して結局登城を果たせなかった山城です。

『福井県の中・近世城館跡』で既に遺構図が載せられていましたので、アラアラの遺構の概要は分かったつもりでいました。当日、佐開集落の裏山の林道から登るコースを止めて、集落の正面、南側斜面の「殿屋敷」という谷の出入り口から登城することにしました。
まさに正攻法、といったところでしょうか。林道から入って、少しでも近道を、というせこいやり方を一旦忘れることにしました?

その結果、やっとの思いで佐開城跡の全山踏破を達成できました。感謝。

2017年4月3日大野市佐開城跡の踏査 (1)集落の真ん中にある荒島神社
正面の谷道の一番奥まったところで、向かって左側の極端に急な斜面をよじ登って、尾根道に出ました。
この尾根道の峰続きに佐開城の遺構が並んで見えてくるはず。

そして予想通り、堀切が最初に現れて、土塁囲みの曲輪が並んで表れ、その奥には段々になった曲輪がいくつもいくつも現れ、今まで想像していた佐開城のイメージが吹き飛んでしまいました。

佐開城跡位置図佐開城跡の位置図(国土地理院の地形図を一部改変して使用しました。朱線は城跡の範囲、点線は歩いたコース)
主郭部と思われる、標高450mの山頂部は南北に細長く連なり、土塁囲みの曲輪が2基と、その南側に並んで土塁で仕切られた平坦部、長方形の曲輪が2基見られます。エリアA

佐開城跡遺構模式図
このエリアAは最初確認できた堀切から、一番南の端にあるエリアAの堀切まで約210mほどあり、尾根の鞍部を取り込んで、兵溜りのスペースが十分確保された空間になっています。
中心は言うまでもなく土塁で囲われた曲輪部分で、土塁は西側に向って開く「ヨの字」型の形態をとっています。土塁の高さは約50㎝程で、幅は2~2.5m前後です。規模はそれほどでもありませんが、外見ははっきりと分かる遺存度良好の土塁です。

この曲輪の周囲に東側に段々上に高度を下げて段曲輪がならび、南側へは細長い曲輪が2ヶ所並んで取り付いています。
この主郭部にエリアB、エリアCというように曲輪群が尾根上に連続して並んでいるのが確認できて、佐開城の規模と内容の素晴らしさに暫く呆然としていました。<この項続く>
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