北前船、越前焼が日本遺産に!

越前焼、北前船日本遺産
先月30日に朝倉義景の書状が発見された、という報道がありましたが同じ日に、標記の報道もあって、新聞紙上は大賑わいでした。

こういう日があるんですね。福井のことが一面トップに出る。地元の新聞だから、当然のことではあるのですが、やはり嬉しいものです。

ただ、北前船にしても、越前焼にしてもついでに日本遺産になったという側面もあって、単純には喜べない――
前々から越前焼は日本六古窯のひとつでもあり、注目を浴びてはいました。城歩きマンが現役の頃には越前焼の窯跡を求めて宮崎村のアチコチを分布調査と称して歩き回ったものでした。

この越前焼が他の古窯、丹波焼、信楽焼、瀬戸焼、常滑焼、備前焼とともに一括して日本遺産になった。いつかは…、と思っていただけに当然の結果でした。

同じことは北前船についても言えますね。
2015年の8月12日付けのブログでもアップ記事があるのですが、日本海側には数多くの北前船が活躍した港や関連施設が遺っています。

みちのく丸三国寄港 (4) - コピー
2011年8月2,3日北前船の復元船「みちのく丸」が福井県小浜港や三国港に寄港して話題になりました。
城歩きマンも一目この船を見たさに三国港まで出かけたものでした。当日は三国もお祭り騒ぎで大賑わいだったのを覚えています。船内に入って、係員から当時の北前船の航海の実際を聴いているうちに、とても戦国時代や江戸時代の船乗りのことが身近に感じました。

しかし、本当のところは、こうした選定については他力本願的な次元から脱して、越前焼も北前船も福井の文化や生活のアカが染みついた、そして歴史ストーリーに裏打ちされたものとして福井が提唱したかったというのが本音だっただろうと思います。
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