地域おこしと城山巡り(2)

金ヶ崎、手筒山城の踏査(ブログ用)2016年12月3日 (1)敦賀市金ヶ崎城跡遠望(みなと公園から)
『福井県の中・近世城館跡』という城館の悉皆調査報告書が刊行されて久しいわけですが、この頃は城歩きマンも現役で、何がしかのお手伝いをさせていただきました。それ以降、県や市町の自治体からは城館に関する文献は何も刊行されておりません。

発掘調査による事業報告書はいくらかあるのですが、現状や実態把握に関する報告書や刊行物は出されていないのです。また『――中・近世城館跡』の改訂版や新たな補訂も行われていません。インターネットで『遺跡地図』を公開して、なんとか開発行為への対応を凌いでいる、といったような状況。

中世から戦国時代にかけてつくられた山城や、居館の数々。県内にはほぼ全域にわたって平野と言わず、山奥と言わず、私たちの生活環境の身近なところや少し奥まったところに500ヶ所を超える数で分布している城館跡。

編集_小浜まちなか保存資料館2016年11月4日 001 (12)小浜市男山神社と後瀬山城跡遠望(北から)
これらはその地域の昔の人たちはどこに住んで、どんな暮らしをしていたかを雄弁に語ってくれる生き証人、のような存在。
「昔の話やでの―、はっきりしたことは分からんのやけど―、昔からそうゆうてるわの―…」といったたぐいの話が必ずどの地域にもあるはず。
わずかに、「民話」、幼児向けの『昔ばなし』などのような本はいくつかあります。
県内でももちろん出版されていますが、それに止まらず、「わたしらの村はいつ、どうしてできたんやろか?」といった問いに答えてくれるようなものがない、いわばアイデンテティの喪失感、といったようなものがずっと昔から叫ばれてきました。

そのことにも行政や自治体は答えてはいません。
特に福井の状況がそうなので、ラジカルに思い詰めてしまうのでしょうか?いや、そうではないと思います。

城歩きマンは、現役の頃はもちろん、ここ数年間は集中的に福井の山城をアチコチ歩かせてもらいました。現在も継続中ですが、こうしてアチコチの山を歩いてみたお蔭で、今まで知らなかったことが沢山あることに気付きました。<この項続く>
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COMMENT 6

怜の父  2017, 05. 14 [Sun] 00:32

まさしく開発行為への対応を凌いでいるっていう状況ですね。
けれど、「遺跡地図」に載っている山も無駄な林道がつけられたりしてるのですが、遺跡というものを軽く見てしまうのでしょうか。

県が主体となって再調査を行い、地域の歴史も掲載する一冊の本ができるとありがたいですね。

今、新幹線の工事が本格化してますが、トンネルや高架線路ができてしまうと、また一段と町の姿が変わってしまうでしょうね。

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城歩きマン  2017, 05. 14 [Sun] 06:55

怜の父さん、コメントありがとうございます。

これから、このコーナーで県内の山城を順次紹介していきます。
県内の主な山城、歴史的に見て、欠くことのできない重要なものを、城歩きマンの目で、ありのままにお伝えしていこうと思っています。

どんなに絞っても県内すべてを網羅しようとすると、100カ所近くになってしまいます。これから先、長いことかかると思いますが、よろしくお付き合いください。

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kaisan  2017, 05. 19 [Fri] 01:56

応援しております

今日は。
私も福井の山城を歩き回っている者です。
同じく他県と比べて福井の山城は、色々な面で後進的だと思っています。
しかし、知られていないからこそ無限の可能性を秘めているとも思っています。
他と比べてダイナミックで分かり易い山城が少ない事が、マイナス要因であり、ある程度詳しい人には、玄人好みの城としてプラスに働く気がしています。
何はともあれ、興味の無い人に関心を持って貰える事が最優先課題で、地元の方の協力や安全の確保も必要となってきますよね。
本当に大変かと思われますが、幸い、福井でも城好きの高校生や20代・30代の若い芽が育ってきていますので、未来は明るいです。応援しております。
長文失礼致しました。

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城歩きマン  2017, 05. 19 [Fri] 07:07

kaisan、さんコメントありがとうございます。

福井の山城はまだまだ知る人が少ない。だからこそやりがいもある、とのこと。
本当にそう思います。

これからも、動けるうちにアチコチ挑戦しようと思います。
いろいろ情報があったら、また教えてください。

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kaisan  2017, 05. 19 [Fri] 13:30

懸案として

先日鯖江市下新庄町の三里山山頂付近にある松山城へ登城しようとした際、北陸新幹線のトンネル掘削工事で、谷部が大規模に削られていました。幸い主郭へ続く往時の登城路の途中にある二重堀切は、数m差で難を逃れていました。他の山でも掘削工事が始まっております。
また、日本海側の武生から敦賀へ向かう8号線の付け替え工事が本格化すると、周辺の一向一揆の砦群がどうなるのか・・・

人々の生活の為に再開発は仕方の無い事かもしれませんが、この2本のライン上の山城は破壊されまいかと懸念しています。

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城歩きマン  2017, 05. 20 [Sat] 07:58

kaisanさん、コメントありがとうございます。

三里山(松山城)の件、どうやら無事のようで一安心ですが、知らないうちに工事でなくなっていた…、というのが一番怖いですね。

8号線の道路改修工事も心配です。自治体は何らかの手を打っているのでしょうか?

今、県内では林道工事が頻繁に始まっていて、何ヶ所かの山城が破壊の憂き目にあっています。
大変危惧される事態です。何とか、打つ手がないものか――。

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