北茶臼山城―地域おこしと城山巡り(11)

編集_2017年2月24日福井市角原古墳群の踏査 011 (33)北茶臼山城跡を望む(南から)
プロフィール
北茶臼山城跡は福井市角原町の北西側、丘陵先端部に所在します。
文殊山からはちょうど北西の方角、約900mの尾根の先端にあたります。北は鉾ヶ崎町と境を接しています。
この小さな尾根線、標高にして約40mの位置に城跡が所在しています。主郭部とみられる山頂部には北陸電力の高圧鉄塔が鎮座していて、南側斜面も養生のためのコンクリート擁壁が積み上げられていて、はた目にはとても城跡がある山とは思えない外見を呈しています。
「越前国城跡考」では時代不知の城として扱われています。文殊山の麓にはこの城以外にも数ヶ所に山城の存在が指摘されますが、そのいずれもが実態不明の山城になっていて、どのような城跡なのか現在も明らかにされていません。
今回はそのうちの北茶臼山城について、つい最近、城歩きマンが踏査し、概略、その内容を把握することができました。その時の様子については2017年2月24日付でブログアップしていますので、ご参照ください。

城跡は西端部の土取りによる掘削崖面の直上から、東側約300mに及ぶ範囲が城跡と思われます。最東端部の尾根上にも鉄塔が立てられていて、周囲は平らにならされていて、遺構の有無については把握できません。
その間に堀切が大小3ヶ所、曲輪が4ヶ所、段曲輪が北側斜面を中心に3~4ヶ所確認できました。

北茶臼山城遺構模式図北茶臼山城跡遺構概念図(『福井県の中近世城館跡』よリ引用、一部改変。赤線枠は土取りで削られた場所と擁壁工事の箇所)
一押しのスポット
この城跡で特筆すべきは、山頂部の鉄塔で破壊された曲輪に並んで存在している土塁囲みの曲輪です。
長径約10mの方形を呈する曲輪に南側に開く形で土塁がコの字型に積まれています。土塁の高さは約1~1.5mほどで北、南両側に腰曲輪が取り付いています。
西端部で土取り工事のため、大きく削り取られているのと、南側斜面に擁壁ブロックが積まれているため正確な判断ができないのですが、この城の大手は角原町の集落側、東の谷部辺りと推定されます。
ここからは文殊山も見通すことができ、浅水川をはさんで東西の平野部が指呼の間にあります。
アクセス
福鉄電鉄「福武線」で浅水駅まで行き、駅前からバス路線の麻生津循環線に乗車、「角原」で下車するとすぐの集落が角原町です。その集落の背後の山が城跡になります。鉄塔が目安となります。
自家用車でアクセスする場合は、直接、角原町まで行き、西端にある土取り工事現場の空き地に駐車させてもらうようにしてください。集落の中には適当な駐車スペースはありませんので、要注意。
補足
本城跡は文殊山城の出城として位置づけられています。遺構の現地確認の結果からは、それを否定する積極的な根拠は見られませんでしたので、従来からの指摘通りとしておきたいと思います。
もう一点付記するとすれば、鉄塔敷設による工事で中心部の遺構が大きく破壊されているのもさることながら、西端部で続行されている土取り工事がとても気がかりです。なしくずしに、山城遺構が調査もなく煙滅の憂き目にあっています。
こうした事態は断固、避けたいと思うのですが…。
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