出雲・因幡の史跡めぐり(5)

松江城見学 (7)昭和初期に建てられたという日本銀行松江支店の建物(今は観光用のカラコロ工房として利用されています)
松江城見学 (8)遊覧船の外堀から元の発着場に帰ってくる途中に天守を仰げるスポットがありました
遊覧船の発着場からすぐのところに城内への入口があり、堀尾吉晴の銅像が立っていました。
松江観光案内パンフ (1)松江市観光ガイドブック(松江市観光協会)
松江市観光ガイドブック(松江市観光協会発行)には、堀尾吉晴公について「1600年の関ケ原の戦いの戦功により、息子忠氏とともに出雲・隠岐の領主として広瀬の富田城に入りました。その後戦略上の理由から城地を松江・亀田山に移し、1607年から城と城下町の建設を開始、1611年に松江城を中心とした城下町を完成させた」とあります。

松江城見学 (9)堀尾吉晴公銅像
とてもうまく簡潔に紹介されていましたので、文章を一部拝借しました。
吉晴公の銅像を後にして、城内に入ります。大手門跡の石垣が両側にあり、手前は馬留跡の四角い枡形空間となっています。ここを左に折れ曲がって、ゆるやかな石段を上ります。
松江城見学 (10)大手門跡(左側)と復元された太鼓櫓
パートナーもぜひ天守が見たい、と登城することを決意したようです。
というのも彼女は歩くのが大変苦手で、天守の角度のきつい階段はとても無理…、と言っていたのです。でも気が変わったようで、登りたいと言い出して一緒に登ることになりました。

松江城見学 (11)城内にある城下町の説明板
松江城は大手門から天守まで、とても距離が短く作ってあって、大手門を過ぎるとすぐ、三ノ門跡、そこを左に曲がって松江神社の脇に二ノ門跡、ここを過ぎると何十メートルか先に一ノ門跡、天守です。全体で距離にして約150mも歩いたでしょうか、まことに短距離で天守に着いてしまいます。
松江城見学 (12)二ノ門跡(ここから右の坂を登ると一ノ門)
姫路城や名古屋城のようにグルグル廻り込むことは殆どありませんでした。大手門跡の左手高石垣の上には平成13年に復元されたという太鼓櫓、中櫓、南櫓がりりしく並んでいて、松江城の雰囲気をいやがうえにも高めてくれるものになっています。
こうした城跡の地道な保存、整備事業の長い年月の積み重ねがあって、国宝復活が成功したと言えるでしょう。

松江城見学 (19)大手門跡の内側(二ノ丸へつづく坂道の途中から)
丸岡城を国宝にするには、地元坂井市も県も本気にならねばなりませんね。まだまだ本気度が足りないかなァと思うのです(勝手なことばかり言って、少し気が引けますが…)。

松江城見学 (13)二ノ門の左手にある松江神社
松江城の天守は独特のかたちをしていて、四重五階、地下一階です。地下一階とは石垣の中に一階分の部屋をつくっているからですが、見た目には四重にしか見えません。
松江城見学 (14)一ノ門跡(右手にある櫓は南多門櫓)
一階と二階が同じような大きさの屋根になっていて、見た目に一階と見えてしまうやり方は高知城、大分の中津城、長野の松本城などにもみられます。

松江城見学 (15)一ノ門をくぐると国宝天守が…
内部もコンクリートで復元したつくりとは異なって、古色を帯びていて、薄暗い中に戦国時代の武将の立ち働く姿などが彷彿として想像され、現存天守のもつ稀有な存在感に打たれてしまいました。
松江城見学 (16)城内の柱群(柱には補強のため包板と帯鉄が巻かれています。このような補強例は全国的にも珍しいそうです)
この雰囲気は丸岡城にもあります。大事にせねば――、と思います。
最上階から松江の町を見下ろしますと、南側の宍道湖の様子が一望され、ちょうど中ほどに嫁ヶ島が見えて、抜群の景観でした。
松江城見学 (17)前方の海は宍道湖。嫁ヶ島も見えます
松江城はこの天守の周りにもいろいろと曲輪があって、見どころが多いのですが、全部を見る時間がありません。天守を登った後は大手門跡まで戻って、土産物店の「千鳥茶屋」で一服。
その後、東に向かって進路をとり、2日目の宿泊地の三朝温泉へ直行することにしました。
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