冬野城―地域おこしと城山巡り(12)

少し、間隔が開いてしまいましたが、再び県内の山城を紹介するコーナーを再開したいと思います。
ご紹介する山城は福井市を東西に分断して流れる日野川の東側、地理的には鯖江市にほど近い冬野城です。
本ブログ2013.9.29~10.1蕗野(寺)城を踏破しました(1)~(3)でも縷々、紹介していますのでご参照ください。

青葉台団地から城山を臨む(2)2013_0928福井市冬野町青葉台団地南から城山を望む
プロフィール
福井市冬野町にある冬野城は別名蕗野寺城とも言い、また南居(なご)城とも言います。「越前国城跡考」には時代不知の城跡として記載され、詳細不明の城となっています。
『角川地名大辞典』には「蕗野寺」、「蕗野保」として記載があり、福井市冬野町の城山の麓が「蕗野保」に比定されています。ここから蕗野寺城の名が付いたものと思われます。


南北朝期の「得江頼員軍忠状」という文書には暦王2年(1339)9月15日の条で、北朝方が麻生津を攻撃し、南朝方が蕗野寺城や二岡城から反撃したので、北朝方はその蕗野寺城の麓を焼き払ったという記事が載せられています。

主郭北東から2013_0928冬野城山頂部の展望所
冬野城は現在、冬野町の青葉台団地の北側、合谷町と境を接する城山(標高202.1m)の山頂部一帯に展開する山城です。
東西方向の尾根線上に約600mにわたって遺構が見られ、曲輪8ヵ所、堀切は10ヵ所ほどが確認されます。三角点のある山頂部がこの城の主郭部と考えられ、中央にやや高くなった壇状の地形があり、周囲は帯曲輪が取り巻いています。その前後は堀切があって遮断されています。

城の正面、大手口は東側の杉谷町側から登ってくる尾根線にあると思われ、「中屋敷跡」の古地名が残る細長い曲輪の手前には互いに向き合う3条の畝状竪堀があり、厳重な防御態勢をとっています。
その他の曲輪には土塁囲みや食違い虎口などの遺構は見当らず、尾根線にそって連なり連郭式の形態を保っているところから、古い形式の山城に入りものかと思われます。
戦国時代の末になって畝状竪堀が用いられて、再びこの城が利用されたものと判断され、時期的な変遷過程が辿れるとても貴重な山城だと思われます。

冬野城位置図冬野城位置図(赤点線は登城ルート)
一押しのスポット
山城は地元の人たちによって遊歩道として整備され、とても歩きやすい山路になっています。特に山頂部には展望所が設置されて、南側は遠くに日野山を仰ぐ丹南平野を見渡せ、北側は足羽平野のシンボル、足羽三山(足羽山、八幡山、兎越山)が見通せる、絶好の展望ポイントとなっています。

アクセス
本城跡へのアクセスは福鉄電車からも、バスからも可能で、電車からだと浅水駅を降りてまっすぐ西に進み、青葉台団地の北端にある登城口へと向かいます。案内板があるので分かりやすいです。バスは浅水駅から麻生津循環線青葉台ルートに乗り、杉の木台で下車して青葉台団地へ向かいます。
ハーモニーホール駅で降りるコースでは、まっすぐ西に向かって進み、杉谷町天満神社の北側の脇にある林道奥の登城口から山頂を目指すことができます。こちらは地元の「清明まちづくり委員会」によって毎年、城山への登山道が清掃されていて、とても歩きやすい城道になっています。
又、城山西麓の南居町からもアクセスできるようですが、こちらからのルートはほとんど利用されておらず、道も整備されているかどうかははっきりしません。
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