北ノ庄城―地域おこしと城山巡り(21)

北庄城柴田勝家像柴田神社、北庄城公園の勝家像
福井市域にはまだまだたくさんの山城がありますが、山地部が遠く、また手軽に登れるものが少ない状況で、いろいろ条件を絞っていくと、福井市域のお城で最後にご紹介できるのは北ノ庄城跡を残すのみになりました。
平地に築かれた平城ですが、福井のお城を紹介するには欠くことのできない重要なお城になります。


プロフィール
天正3年(1575)に越前を再制覇した信長は、越前八郡を柴田勝家に、府中他二郡を佐々、不破、前田の三人に統治させることとしました。「信長公記」には「(天正3年)9月2日、豊原より北庄へ信長御越しなされ、城取りの御縄張させられ、御要害仰せ付けらる」とあります。

北庄城公園と復元石垣北庄城公園全景(南西から、手前の石垣は福井城の時期、交差する堀は下層の北庄城の時期)
勝家は天正3年から築城を開始し、同9年に宣教師ルイス・フロイスが北ノ庄を訪れた頃には天守は概ね完成していたと思われ、後の秀吉の小早川・毛利に宛てた書状には「9重の天守が建てられていた」と記しています。実際に9重の天守だったかどうかは分かりませんが、当時並行して築城が進められていた安土城などとひけを取らない規模の天守だったことが想像されます。

北庄城縄張復元図北庄城推定復元図(デイアゴステイ―二社刊『日本の城』「福井県 北ノ庄城」より引用)
推定復元図を見ると、本丸は今の柴田神社(北庄城公園)あたりになり、現福井城本丸は三ノ丸に含まれているようです。養浩館や神明社は外濠のすぐ内側に位置しています。福井城の外堀にあたる片町通の堀はそのまま使用され、一城引越し寺院などがある呉服町、一乗町などもそのまま動いていないようです。

一押しのスポット
北ノ庄城公園内には、近年NHKの大河ドラマで話題になったお市の方とその三姉妹の娘たちの銅像が勝家公の銅像の脇に立てられました。
また公園整備の一環で平成5年から10年まで発掘調査が行われ、柴田神社境内の中に福井城の南にあった日向門や土居、堀の遺構が検出され、また下層の遺構として北ノ庄城期の堀、土塁石垣などが検出されました。
これまで、北ノ庄城については文献以外には確たる情報が得られていませんでしたが、公園整備に伴う発掘調査でこの時期の遺構が見つかったことはとても意義のあることだと思われ、今後の北ノ庄城の研究に弾みになればと期待して止みません。

アクセス
現地は福井市街地の中にあり、JR福井駅にも近い。駅からは徒歩約5分。北庄通りに面する柴田神社の赤い大鳥居が目印。自家用車でアクセスする場合は近くに駐車場がないので、地下駐車場に留めて徒歩で現地へ向かうことをお勧めします。
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