ふくいにも城ブームを!

福井城の石垣整備カルテを福井新聞8月8日付(第2面より)
今朝の福井新聞には、城関係の記事がいくつも掲載されていました。

まず第2面に福井城の石垣の補修にはその経過が分かるように、資料化して残すという内容の記事が載りました。言うまでもないことですが、福井城の石垣は地元産のシャクダニ石を使い、しかも切石加工したもので積み上げているというように、全国でもあまり類例のない、見事な石垣になっています。
この貴重な歴史遺産を後世にきちんと残していくためにも、補修の経過もきちんと資料化するということが指摘されたわけで、当然と言えば当然の話ですね。

ふたつ目の記事は連載記事になっている「研究者とゆく戦国朝倉氏――一乗谷遺跡発掘50年」という内容です。もう7回目になりますが、あらためて一乗谷朝倉氏遺跡の素晴らしさを50年目を振り返って見つめ直そうというものです。前回の6回目の記事には山城である一乗谷城について書かれていて、山城の特徴である畝状連続竪堀について、新しい解釈が紹介されていました。今日の7回目の話は遺跡を保存し、調査のあと国の特別史跡にまで格上げ指定して保存してきた地元の苦労話がいろいろと紹介されていました。

府中城跡の保存を同福井新聞(第27面より)
三つ目はこれまでにも少しずつご紹介している旧武生市の府中城跡の保存をめぐる話が記事になっていた、ということです。
この府中城跡は発掘調査の後は市庁舎建設のために取り壊して、建設工事に入るということになっていたのですが、検出された遺構が初期の築城に関わる遺構で、とても素晴らしいものだということもあり、保存して後世のために利活用できないか、という要望が出されている、ということでした。

ここへきて、福井新聞社はこうした城に関する記事をいくつも掲載しました。たまたま偶然重なっただけということかも知れないのですが、城好き人間には嬉しいことです。

ふくいは少し前に丸岡城の「国宝化」のことが話題になりました。また、福井城を整備しようという話も大きな話題にはなり切れず、今一つパッとしません。
大野城は「天空の城」ということで、ブームが沸き起こり、城周辺は観光客でとても賑やかです。勝山城は城よりも「平泉寺」のことが第一ですから、ここも今一つ盛り上がりに欠けるきらいがあります。ましてや「勝山城」博物館などというまがい物が平泉寺の近くに立っているので、勘違いする人やら誤解する人やら、とても目障りな「多田清コレクション展示場」ですね。

福井には何が足りない、と言ってこうした県内各地での城関係の施設がバラバラに動いている、その結果県内全体での運動が盛り上がって行かない、ということ。最近、この5月に福井市内で青年会議所が中心になって「全国城下町シンポジウム」が開催されたばかりですが、若者中心のお祭り騒ぎで終わっただけ、という印象が拭えません。

県内の城好き人間がどれだけ関われたのか、潜在的に城好き人間が県内にはたくさんおられる。そういう人たちが気安く、気軽に参加できる運動、ひいては「ふくいの城ブーム」を盛り上げていく力を蓄えていく必要があるかな…、と切に思うこの頃です。
城歩きマンが参加している「若越城の会」でも、こうした運動の手助けができたらいいな、と切望しています。

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COMMENT 4

闘将!刑部  2017, 08. 16 [Wed] 01:42

 ふくいの城事情について、城歩きマンさんが熱くコメントを載せられていますので、続いて少々ばかり図に乗らせて頂いて具申を申し上げます。

 福井新聞の城関係の記事が続けざまに掲載されたことは、小生もびっくり致しました。
やはり、全国的に城ブームが起きているのを看過できなかったか。!(^^)!
素直にうれしかったですよね。

 他県と違い、城関係で福井はなぜ盛り上がらないのかと、城歩きマンさんは言及されていますので、少々私も。
 まずは近場の隣県を見てみます。

 滋賀県(近江国)。
間違いなく盛り上がっています。しかも十数年前からの盛り上がりです。つまり、現在の城ブームよりも前からです。
理由はお分かりの通り、他国では変わり種の半守護といった統治体制で北と南が争いが激しく、また他方からの侵害により京への通過点として地理的条件があって、戦国時代の三大傑物の特に信長、秀吉との関わりが深く、争点の場でありますので、城跡が約1,300もの大多数の遺跡が確認されています。
南北朝時代、室町時代(戦国初頭)、織豊期、江戸初頭(天下普請)、さらには寺院城郭とこの一国だけで城の時代遷移が分かるほどの宝庫博物館の地です。

 石川県(加賀、能登国。)
城郭研究所が立ち上がり県民の先頭となって邁進していく姿で金沢城研究が熱い。
滋賀県が城の博物館ならば、まさしく金沢城だけで石垣の博物館。
加賀百万石という名に劣らずの情緒ある城下町も残されているのも魅力的。
前田氏の前は、有名な加賀一揆の自治国で、代表される鳥越城・二曲城があって、中世山城もしっかりとアピールされている。
能登は何といっても七尾城。研究も進められ整備もしっかりとしていて、しかも頂上付近まで車で行けるという観光としては嬉しい配備なり。
(そういった中、麓から登城する我はどういったものか…。)
他にも加越(加賀・越中)国境線の山城の研究も進められていて、マニアック向けもご用意されている。(^^)
と、見どころの城は少ないかもしれないが、一点集中型でその入れ込み方がすごい。

 岐阜県(美濃、飛騨国。)
言うまでもなく、岐阜城。
発掘調査の成果(山麓部分)は、全国レベルで注目を浴びている。
山上についても今後の研究に期待されているところで、ますますの人気ぶりが見られるか。
信長と道三という両方ではどうしようもないか。(^^)
信長の城として、道三の城として、土岐氏の城としての研究も継続中。
そしてさらに、天下の境目の戦いの関ヶ原というものが…。
この戦いの新たな論説も出ているし、それに伴って周りの城々の研究も盛ん。
整備の方も力を入れてきていて、城跡へのルートマップも用意され、登ると必ずと言っていいほどに幟が靡いています。
一方、飛騨国に目を向けると、盛り上がりは見られません。
いや、郡上八幡城は賑わっているのか。(*^_^*)
でも、私にとっては魅力的なひっそりと座っている良好な山城がたくさんあるのだが…。

 京都と行きたいところですが、結局長文になってしまったのでここで割愛を。

 ということで、福井に顧みたいと思うのですが、どうでしょうか。
「福井の城は?」と他県の方より聞かれた時に何か代表的なものがありますでしょうか。
 一乗谷? … 訪れた方は、城とは認識しませんよ。
 福井城? … お堀の中の本丸に県庁、県警本部。う~ん。
        周りは城下町の匂いが漂うか。ほとんど壊滅状態。
 北の庄? … 実在は無く、痕跡は僅か、幻の城。
 丸岡城? … おっとやっとお城らしきものが。でも天守だけポツン。
 平泉寺? … 城じゃなくて格式ある寺院。(←城跡はあるんですよ。)
 勝山城? … 博物館の模造天守。
 大野城? … 今は天空の城として、また小京都としての風格として発信中。
        でも城そのもののアピールとしてはどうか。
 府中城? … 地下に埋まっている。壊されてしまう。
 村岡城、杣山城、内中尾山(玄蕃尾)城、国吉城、後瀬山城?????
      … それどこ? 国指定史跡の城が含められているのですけど…。

 はっきり申し上げて、ふくい(越前・若狭)の代表する城と呼べるものが無いということです。城という雰囲気や色というものが無い。

 長文になってきたので簡潔に申し上げていて恐縮ですが、
やっぱり県民、強いて言えば各地域住民の意識が変わらなければ、福井の城と呼べるものは到来してこないものだと思います。
「オラの城」誇りある殿様がいたのだというものが無いと。
この度の府中城の件では、行政は破壊をしようとしているぐらいですから。

 一乗谷はやはり一刻も早く山頂の調査および整備、丸岡城はこのままだと国宝という道は遠い(恐らくならない)、大野城は全国的な城ブームが過ぎれば廃れる、といったことが想像されて、今後の課題としてはやはり、しっかりとした研究成果のもとに活かした用途で広報していき、そして後の世代へと継承していく必要があるものだと思います。
 他県では、大いに研究振興やしっかりとした整備活動から次へのステップのいかに活用していくかということを考えているぐらいでありますので、あくまでも城とか城下町といったことに関していうと、やはり福井は遅れていることが見受けられるということが城ブームが福井には到来しないということに繋がっているものだと私は思います。

 最後に、青年会議所主催の城下町シンポジウムの催しは何をしたかっのか?全くして街興しということではなく、全国の青年会議所の為の企画だけであって、情けない気持ちでありました。
一方、「山城サミット」とか「城サミット」と呼ばれる催しは、城や城下町を中心として街を盛り上げていこうというものがしっかりと見えます。
 福井にも、歴史を活かしたまちづくりという意識を県民ひとりひとりが高めていき、このようなサミットが開けるような状況になれれば、うれしい限りですし我々も務めていかなければならないのだろうと思います。

 またしても長文になってしまい、申し訳ございません。

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城歩きマン  2017, 08. 16 [Wed] 07:26

闘将!刑部さん、コメントありがとうございます。
そして、貴重なご意見や隣県の情報をありがとうございました。

それにしても鋭い洞察力、感服しました。城歩きマンも大いに刺激を受けました。
もっと、多くの人たちにふくいの城にもすばらしいものがあると宣伝する方法がないものか、一緒に考えていきましょう。

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闘将!刑部  2017, 08. 17 [Thu] 02:33

 自分の投稿文章を読み直しても、城歩きマンさんの端正な文章と比べて、グダグダと蛇足的にまた誤字脱字がみられ、大変恥ずかしい限りです。

 先日、「岐阜 信長の城シンポジウム」「豊原寺シンポジウム」が催され、そこで登壇された城郭研究専門家からの発表で、おもしろい見解(まだ構想中)がありましたので、ここで概要をご紹介します。
 それは、岐阜や小牧山城の近年の発掘調査により、虎口等に巨石列が用いられていることが判明されてきましたが、その影響がもしかしたら越前からではないか?というものです。
確かにあの巨石列は、守護の土岐氏の大桑城(←まだ訪れていない。行きたいなぁ~)には石垣はあるらしいのであるが巨石は見られないことや織豊期前で石垣の城を築城した観音寺でも見られません。一乗谷の下城戸にみられる巨石列は、私が小さい頃に見た時より、そして今となっても圧巻させられます。
しかも豊原寺に埋もれている石垣にも注目をされ、寺院の聖域への結界線として敷かれたものを、城館の城域の入り口として転用されたのではないのかとの構想です。
城普請の瓦葺もおそらくは寺院からの転用なのでしょうが、巨石や石垣についても寺院から来ているという見方でもおかしくはないのかなと思います。
私はさらに庭園による技術(化粧石らで用いられる巨石)からもあるのかなと、全く根拠のないものですが、想像を掻き立てられました。
いずれにしても、今後の研究成果が楽しみです。

 さて話は変わるのですが、『北陸城郭研究会』が新生して再開しようと動き出されるようです。
 新会長は佐伯哲也氏。
 本年度の全国城郭研究セミナーでも登壇されて発表された方でもあり、富山を中心に、石川、岐阜と周辺の城々の踏査&縄張り図を描かれて、その資料を基とした城真正面から分析研究された成果を各研究誌や近年では単著として発刊されている精鋭なる方です。
 開催されるところが遠方のことや開かれる時間が夜とのこともあるのですが、もし時間が取れるようであれば、お邪魔してみようかと思っております。
 詳細のことは、「富山考古学会ホームページ」の[2017-07-15]投稿文のレスをご覧ください。

 さらに話は変わり、最近の新聞記事やSNS等により、福井在住で小学生の時に城の魅力に見いだされてからさまざまな城の知識を蓄積され現在は高校生ですが、ふくいの城を広めていこうと活動されている方が居られます。
これからの福井の城館跡の貴重な文化財の未来として、非常に頼もしい限りです。
 今後もいろんな勉学に励まれていかれることを期待しますが、しかしながらご自身のアピールの方に力を注がれている様がみられるのが少々気になります。
(現在はインターネットという仮想空間が身近での広報ですので、全世界へつながっており、容易に面白半分に叩かれてしまう傾向が多々ある(俗に炎上と呼ばれるもの)ので…)
実力を備えれば自ずと注目を浴びることになりますので、慌てる必要はないと思うのでありますが。

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城歩きマン  2017, 08. 17 [Thu] 07:28

闘将!刑部さん、コメントありがとうございます。

いろいろな情報、本当にありがとうございます。このブログがどんどん賑やかになり、他の人につながって行けば言うことないですね。

富山の佐伯さんの件、北陸城郭研究会のためにはとてもいいことだと思います。今後も応援していきたいです。
また、若い人たちが城に関心を持ってくれるということは今後につながることです。これも大歓迎ですね。

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