府中城跡の保存を!

編集_府中城跡発掘調査2017年7月15日 - コピー府中城跡の発掘状況(7月15日現地にて)
このところ、毎回のように新聞記事が見られる府中城跡の保存に関する問題。例えば、今年5月2日、5月8日、7月20日、8月8日、8月9日、8月11日…。福井新聞記者さんの熱の入りようが伝わってきます。

府中城跡の保存を「福井新聞8月8日付け」より
市庁舎が建っていた場所や、隣接している生涯学習センター、市民ホールなどの建物を取り壊して、新しく現地に越前市役所の建物を建設しようという計画ですが、その事前の発掘調査で戦国時代の末から江戸時代初期の頃に府中城を築城した前田氏や本多氏らの城跡の推移が分かる遺構が検出されました。
特に、江戸時代初期に造られた屋敷跡や庭園遺構、堀跡、石垣などが明瞭に残っていることが分かり、この時代の大名屋敷の構造や石垣などの築城方法が分かる貴重な遺構であるとの評価が得られています。
そうしたことから、府中城跡に関心を寄せる越前市民や内外の城郭ファンから、是非保存して欲しいという要望や、署名活動が始められているとのことです。

ひと頃、福井城下町の発掘が行われていたときは、あまりこうした動きは起らなかったのですが、府中城に至って運動が活発に行われているようで、今回はどういうように理解したらいいのか…。

しかも、府中城以外にもこの土地一帯は古代から、その名が示すように国府が置かれて政治、経済の中心だったこと、国分寺や国府跡などの遺構もどこかに埋もれているものと考えられ、市街地の開発工事の際には事前の発掘調査が行われ、多くの成果が示されています。

南北朝期にも新田氏や斯波氏が、この府中や周辺に城郭を構えて戦いを繰り広げたことが『太平記』に記されているところです。
今回新しい市庁舎を建設するにあたって、府中の象徴ともいえる府中城跡の遺構を何の対応もせずに取り壊して市庁舎を建てるならば、府中のお膝元である越前市の名折れではないか、というのが偽らざる心境でしょう。

昔から言われていて、最近は死語になりつつある言葉ですが、「遺跡は一度発掘したら二度と発掘できないし、一度破壊したら二度と元に戻せない」ということです。

府中城跡の再現検討(福井新聞20170811)福井新聞8月11日付けより
市民グループから保存要望書や、市議会への請願書が出されているとのことですが、理事者側は多くの出費が伴うので工事の計画変更はできない、日程が遅れれば、それだけで費用負担が大きくなる、と説明しているようです。

昔も今も理事者側の言い分は同じですね。
何か問題が出されると、こうした説明を繰り返して市民側を黙らせる…。きつい言い方ですが、行政側は費用負担のしわ寄せを市民にかぶせるようなやり方をいつまでも続けている。
しかし、この手のやり方は他所では通用しなくなっているはずなのですが…。

遺構を残すために工事が遅れる、計画が変更される、ということが余計な出費につながる、新たな費用負担が必要という理由は成り立ちません。

何故なら市庁舎の建て替えの計画が出された時点で、この問題が発生することは十二分に予測できたはずです。今時、全国いくつも例があるこの種の発掘調査について、よもや行政当局者が、建物の下にこんな遺構が出るとは思わなかった、などとは言えないことでしょう。
もし、それでもそう言うなら、そんなことは黙って言わせるわけにはいかないでしょう。過去にいくつもこうして遺構が破壊されてきたのですから。
学んで思わざればすなわち罔(くら)し…、とか言いますが、やはりおざなりにやり過ごすことはできないことだと思われます。

越前市当局の、誠意ある市民への対応を切に願うばかりです。
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COMMENT 6

怜の父  2017, 08. 14 [Mon] 11:48

私は越前市に引っ越してきて15年になりますが、越前市の考え方の古さには何度もビックリさせられました。
今回の件に関しても、田舎臭い市議会と図り通してしまう流れです。
市庁舎移転の話がでている段階で、遺跡保存をもっと全面に出して郊外移転を推し進めるべきだったです。
市長の鶴の一声みたいな決断があるといいんですが、ないでしょうなぁ(-.-)

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城歩きマン  2017, 08. 14 [Mon] 22:09

怜の父さん、コメントありがとうございます。

府中城跡は何とか、後世に悔いのない方法で遺構の保存を図ってほしい。
県下の自治体のなかで、庁舎を遺跡のために計画変更するような例は今までなかったことです。

後々のためにも越前市は勇気ある決断を!

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闘将!刑部  2017, 08. 15 [Tue] 00:29

 盛夏の中、ふくいに関する城々の踏査/ご紹介ごくろうさまです。

 さて、主題の府中城の保存については、ご紹介されていますとおり、
議会に意見申請や署名活動の名簿を提出の動きとのことで、
活発的な文化財保護運動が展開されつつあるようです。

 城歩きマンさんが仰っているとおりだと、大方私も思います。
 ただ、新庁舎の計画を遅らせると新たな費用が嵩んでいくというのは、
行政側としての説明は正しいと思います。
仕事にしても行事にしても計画していた決行日よりも延期や中止と
なった場合には、必ず費用(経費)や作業(労力)が掛かることは
間違いありません。
 城歩きマンさんもこのことは承知のうえで、当たり前のことである
ことは理由に値しないということで捉えたいと思います。

 他のところでは、"木造の天守(閣)に建て替えるぞ"と意気込んでいた
市長でしたが、市民や内外の有識者より疑問の声が高まり、
そして専門員からの意見陳述もあり、特別国史跡として重要な文化財としての
石垣の調査/保全から始めていくという方針を出されました。

 このように、現状の姿を幅広く認識を広めて市民や国民からの意見を求め、
さらに専門家からのご意見ご指導を賜った後に、議会や市長といった代表者らが
倫理なるご決断をくだしていただくことが望まれるように思います。

 城歩きマンさんも仰っているとおり、現在建っている立体駐車場や市街地の
地下からの今までの発掘調査からすれば、今回の新庁舎予定地から出てくるで
あろう遺跡は、容易に想像がついたはずであったことだと思います。
 特にこの地は、古代から国府と呼ばれてきたところの政庁の聖地という
あるべき場所であるのですから、そういう歴史も踏まえたことを鑑みて、
発掘で発見された遺跡を残しつつの現代の政庁も同地に建て替えるという
方向でじっくりと計画を練り直して頂けるような方向に改変いただくことを
もうひとつは、文化財保護という意識を高めていく点を今後は培って頂くことを
心より願うばかりです。

追伸

 突拍子のない空言を言っておりますが、地下に文化財をそっくりと
眺めることができる歴史館を地下に造っちゃって、地上に現代の政庁が
建っているという歴史ある街づくりというのはいかがでしょう。
そして天空には未来ゾーンとして………。

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城歩きマン  2017, 08. 15 [Tue] 08:33

闘将!刑部さん、コメントありがとうございます。

そして、お久しぶりです。久々にご意見が伺えてうれしいです。

府中城跡はとても貴重な城跡です。

特に石垣は今後、形態の変遷を考えるうえで指標となっていくのは間違いないでしょう。
一部で前田氏にまでさかのぼるかも、と言っていますが、やはり本多氏の時期とみるのが妥当でしょう。
慶長前後の石垣の全国的な趨勢としてこの打ち込み接ぎとも見られる、加工石を使った様式は各地の城郭に多く見られるこの時期の特徴のひとつです。

今月22日にも市庁舎建設工事が始まるような話ですが、遺構の移転、再整備というのはどこまでの内容でしょうか?とても気になる流れですね。

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闘将!刑部  2017, 08. 15 [Tue] 23:07

 相変わらず、長々と拙い表現で意見を申し上げ恐縮です。

 立派な石垣が出てきた時期は、城歩きマンさんが仰っている通り、
慶長・文禄期ぐらいかと私も推定します。
(不揃いの味のある築石や接合、斜直線の隅石)

 石垣の色合いや屈曲した部分が出てきたのもいいですねぇ~。

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城歩きマン  2017, 08. 16 [Wed] 07:14

闘将!刑部さん、コメントありがとうございます。

地下に歴史館をつくる話、昔なら夢物語でしたが、今はとても現実性のある構想で、やる気になればできる話です。

庭園跡や石垣などを市庁舎一階にそのままのこして、市民の休憩広場としてそのまま活用できるものですね。
しかし、市当局は移設を考えているようで…。

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