越前市・府中城遺構保存を!

編集_府中城跡発掘調査2017年7月15日 - コピー7月20日ころの府中城跡石垣の検出状況
越前市の府中城跡に関する新聞記事がにぎやかです。
発掘の成果を伝える記事に加えて、その遺構を守ろうという地元有志の方々の動きを伝える記事がいろいろ出ています。

府中城保存署名提出福井新聞8月18日付けの記事より
8月18日(金)の福井新聞に載った記事は「2300人の署名提出」というタイトルで掲載されていました。地元の有志でつくる「府中城址保存の会」が17日に越前市に提出したという記事です。署名の数は正確には2341人で、8月9日から16日までの1週間でこれだけの署名が集まり、越前市民の関心がいかに高いか、という表れです。
もちろん、この数字は越前市民だけではなく、府中城を守ってほしいという県内外の人たちも含まれていますが、やはり、数字が示すとおり、関心が高いのは事実です。

城歩きマンも非常に大きな感銘を受けました。
昔から、旧武生市民は文化財や歴史にはあまり関心が高くない、といった印象を持っていたのですが、今回、その印象は撤回しようと思います。

府中城跡保存集会福井新聞8月24日付けの記事より
もうひとつ、保存に関する記事が8月24日(木)に掲載されました。今度は22日(火)に武生商工会館で開催された保存を訴える集会の様子を伝えるものでした。

越前市当局は発掘調査が終了したので、同じ22日に起工式を行い、9月以降に実質的な工事にかかるということなので、そうしたことに市民の側がまず、待ったをかけて、折角検出された本多屋敷の庭園や建物以降、石垣の遺構を現地になんとか残せないか、という訴えの集会を夕方の7時から行なったのです。
当日はウィークデイにも拘らず、約100名を超す市民が集まりました。そのほとんどは年配の方々で、旧武生の歴史に関心を持つ人たちがこんなにもいるのかと、城歩きマンは自分が遠いところから駆け付けた部外者だったにもかかわらず、とても心強いものを感じていました。

冒頭でも述べましたが、昔から武生の人たちは自分の街のことにこんなに強い関心を示していたかな、と疑問に思っていたのですが、ここへきて国府のあった街を大事にしたいという思いが一気に噴出したような感慨を受けました。

編集_IMG_20170825_0001_NEW福井新聞8月25日付けの記事より
そして今日8月25日(金)には「民意反映へ協議を」というタイトルで先日22日の集会で決議された文書を越前市当局に提出したことが報じられていました。
決議を提出した時に保存要望側からは、府中城跡の遺構の取り扱いに対して、どのような過程で決められていったのかを明らかにしてほしいということと、きちんと市民に納得がいくような、専門家を交えた協議の場を設けてほしいという要望を付け加えたとのこと。

そのとおりですね。
むかし、1970年代頃に開発工事が爆発的に全国で進められ、各地で大規模に重要な遺跡が記録保存だけで次々と破壊されていった経緯がありましたが、あれからもう40年以上経過しています。

福井でも高速道路や鉄道、公共用施設の建設工事、嶺南ではいくつもの原発の建設などがありました。そのたびに遺跡の発掘調査が実施されたことは、年配の方々には記憶がおありのことと思います。

そうしたことを経験した市・県民、行政に携わる人たちが学んだことは公共工事や環境開発工事を進める場合には、前もって遺跡の有無を確かめ、その対策を十分に行うこと、でした。あくまで歴史遺産、埋蔵文化財保護の観点を第一義に考えること、でした。
ましてや、府中城や国府関連の遺跡をもつ越前市のことですから、このことに手抜かりがあってはならないはずの発掘調査、工事計画だと思われたのですが…。

決議書を提出した8月24日(木)段階では、越前市企画部長の談として「市教委は国府関連の遺跡が出たら、一時調査を中断する予定だった」との回答があったということでした。
国府関連の、とは言うものの府中城関連もという思いはなかったのでしょうか?
国府なら古代ですし、府中城なら戦国から近世ということになります。古代のものは残すけど、戦国・近世は止むを得ない、ということでしょうか?

このあたり、やはり行政側の処置には甘さが透けて見えるのです――。城歩きマンも、昔、行政に身を置いていた立場があり、無碍なことは言えないのでかなり控えめに発言しています。
越前市当局の誠意ある対応を願うばかりです。
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COMMENT 2

闘将!刑部  2017, 08. 26 [Sat] 01:08

No title

 城歩きマンさんが仰っていることに、感服し賛同いたします。

 提出された署名数が2341人。そのうちの市外者は、約400~500人だったと記憶していますので、差の約1,800人以上の方が越前市内より、短期間のうちに集まったということは、非常に意義のある活動で、また歴史の親愛なる心の関心の高さが形として見られたものでした。
 22日に緊急集会が開かれると認識していて参加しようと思っていたのですが、なぜか失念していて、思い出した時には午後10時を回っていたという有様でした。
少々心残りであったものですし、平日の夜から開始で急な展開なので人が集まるのかなと思っていたのでありますが、新聞記事を読みますと、盛況であったことが感じられ非常に頼もしく感じられました。

 只、竣工式の記事を読みますと、市長のお考えは変わらず計画通りに進めていくように見え、出現した一部の石垣を広場に移設ということで、大変残念に思っています。
 また残念なことと言えば、現在の石垣の状態は、既に張り出しの大部分が削り取られてしまっている状態でありますので、一部破壊されてしまっておりますが…。
この張り出し部分が非常に重要な部分だったと私には思えます。
当時の石垣を目の前で見た時には、興奮冷め止まらないものでしたので。

 今回の問題は、どうも行政の考えと地域住民の切望がなかなか相俟っていないようであります。
それが本当に残念なことかもしれないです。

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城歩きマン  2017, 08. 26 [Sat] 07:32

闘将!刑部さん、コメントありがとうございます。
府中城跡の行方、どうなるのでしょうか?とても心配です。

今度の8月26日の城の会の学習会で、始めのほうで少し時間をもらって、越前市在住の会員の方から現状報告してもらう予定をしています。

都合がつくようでしたら、こちらにも顔を出して、報告を聞いてあげてください。

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