坂井市豊原寺坊跡・雨乞山城跡―地域おこしと城山巡り(29)

雨乞山城跡遠望(西南から)雨乞山城遠望(丸岡IC側より)
プロフィール
雨乞山城は坂井市丸岡町舛田と内田の境界の山頂にあります。標高は215mで、麓にある豊原三千坊史料館の脇に説明板があり、この説明板の所から豊原寺跡の散策コースに沿って、雨乞山城を目指します。

この城跡は、泰澄大師によって開かれた白山豊原寺の境内域の山城で、平野に面して築かれた三城の内のひとつで、他の二つは西宮城、山城(三上)山城で最も遺存度の良好なのはこの雨乞山城跡です。
豊原寺は叡山の末寺として栄え、最盛時には三千の塔頭、坊院を擁し、朝倉氏の庇護の下越前でも有数の山岳寺院として勝山の平泉寺と共に勢力を誇りました。院内には多くの僧兵を抱え、武装集団として幾多の戦いにも加わりました。

朝倉氏滅亡後は一向一揆に攻められて本願寺の支配するところとなり、天正二年(1574)九月、下間筑後法橋が入って厳しい統制を敷いたと言います。また、一揆のあとには、越前に再度侵攻した織田信長が柴田勝家を越前の総大将として配置しました。勝家は一揆の残党による攻撃に備えて、豊原寺を甥の勝豊に守備させました。
勝豊は、その後、天正四年(1576)に豊原の西にある丸岡に居城を移します。この丸岡へ移るまで勝豊が居城した山城が雨乞山城と考えられています。

雨乞山城遺構模式図雨乞山城遺構模式図
城跡は尾根線に沿って連続的に各曲輪が並び、中心となる曲輪には土塁が廻り、前後を堀切で厳重に遮断した堅固なつくりとなっています。全体では南北約300mの間に六ヶ所曲輪が並ぶ連郭式山城で、主郭から約100m北に食違い状の虎口をもつ大手があります。

一方、豊原寺へは雨乞山城登山道から分かれて、六本木坂を真っすぐに進むコースと、案内板の位置から五味川をさかのぼって進むコースの二通りがあります。城跡のある西側と寺院跡のある東側は旧町指定区域で分かれていて、寺院跡が指定区域に入っています。中心部の華蔵院跡の周辺は見学路も整備されていて、コース案内版もありますので迷うことはないと思われますが、クマやイノシシ、シカなどには十分注意してください。

雨乞山城主郭部拠り坂井平野を臨む主郭部手前の尾根線より丸岡城(矢印)を望む
一押しスポット
雨乞山城は食い違い状の虎口をもつ山城で、こうした特徴をもつ山城は越前では珍しく、織豊勢力による城づくりの特徴をよく遺していると思われます。周りは灌木が生い茂っていて、見晴らしはよくありませんが丸岡城が西の真正面に見えて、素晴らしい眺望だったと思われます。

主郭部南側堀切(南より)主郭部南側大堀切(南側尾根より)
アクセス
京福バス「本丸岡行き」終点「丸岡バスターミナル」から「竹田線」に乗車。畑中で下車、豊原三千坊史料館まで徒歩5分。自家用車の場合は、豊原三千坊史料館に駐車させてもらって、案内板に従って雨乞山城コースを進む。徒歩約30分。
豊原三千坊史料館の見学は予約が必要です。
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