国吉城跡の現地説明会について

国吉城跡
福井新聞12月20日「嶺南版」
若狭の美浜町にある国吉城跡の発掘調査がほぼ終了し、このほど現地説明会の案内の報道がありました。国吉城跡は平成12年より、10数年間発掘調査が毎年続けられ、重要な成果が上ってきています。城主であった粟屋勝久の居館跡や、のちの佐柿奉行所跡の遺構が見事に残っていたことが確認された時は、大きな話題となったものです。
平成21年からは山城部分の調査も開始され、本丸西側の堀切では石垣が検出されました。今後の遺構整備に向けて遺構の遺存度や、その性格について基礎的なデータを得るためのトレンチ調査ですが、本丸や二ノ丸、主要な曲輪について調査が続けられています。今回も第13次調査として本丸城下の西側斜面を調査し、その成果が発表されるそうです。
新聞では「従来の見解を覆す」となっていますが、国吉城跡はもともと土造りの城であったものが、最後の城主、木村常陸介によって石垣をともなう城に改変された、と故大森宏さんはその著書に書いています。石垣はその主要部だけ、と思われていましたが、これまでの調査によって全山に及ぶことが分かった、というのが美浜町の見解のようです。
これは大変重要な発見で、調査以前の表面的な観察では、土に隠れて石垣などは確認できず、てっきり土造りの城跡だと考えてしまったのですが、こうして発掘調査を経ることによって正確な城跡の形状が認識できた、ということが重要なことなのです。
詳細は調査員さんによる説明をまたねばなりません。当日が楽しみです。
スポンサーサイト

COMMENT 0