深田久弥と文殊山城

1月25日の福井新聞に深田久弥氏と文殊山のことが載っていました。
深田久弥といえば、あの「日本百名山」で有名な山岳登山家・作家です。NHKのBSプレミアムでも百名山が放送されていますので、よくご存じだと思われます。
石川県の生まれですが、福井県にゆかりがあり、旧制福井中学に学んでいたそうです。その頃、この文殊山に上り、山頂の本堂で夜を徹して勉強したのではないか、といい、本堂のかもいの上に本人の名前などが書かれた落書きが見つかったのです。
文殊山の住職の徳毛さんも大喜びで、早速本堂の前に深田久弥の碑を建てました。城歩きマンは平成5年前後に家族と一緒にこの文殊山に登山しましたのでなじみがあり、記事を読んで感慨もひとしおでした。
また一方で、この文殊山は山城の遺構がのこっていることでもよく知られています。
標高365mの山頂から、南側の奥の院までの尾根線上には堀切や竪堀、曲輪が何か所にもわたって残っている中世の城跡です。特に山頂部が中心的な曲輪と思われる場所で、切り立った斜面、深い堀切の跡がいまでもきれいに残っています。文殊山は山岳寺院としても知られており、おそらく僧兵たちが立て篭もって戦いに明け暮れていたことが想像されて興味深いです。
さらに文殊山は植物の群落地でも知られていて、カタクリやツバキ、数多くの種類のさくらがこれから春になると咲き誇ります。
こんな素晴らしい歴史や自然をもった文殊山に、若いころから親しんで登山していた深田久弥は百名山を著わす下地が、もうこの頃にでき上がっていたのではないかと推測されています。
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