中国・九州山城踏査その5

由布院温泉の宿由布院温泉「楓の小舎」
九州山城踏査の最後の日は佐伯市栂牟礼城、小田山城と竹田市岡城をめぐりました。大分市上戸次にある敦賀城は比高差が大きいことと、佐伯市で2か所も山城を歩いたので少々疲れてしまい、止むなくとばすことにしました。その代わりに大分に来て見逃すことができないと思われる竹田の岡城を見ることにしました。

朝早く、由布院温泉のペンション風旅館「楓の小舎」を出て、一路佐伯市の栂牟礼城、小田山城へ向いました。あまりに居心地がいい旅館だったので、もっとゆっくりしたかったのですが時間が急(せ)いていましたので、早々に車に乗り込み、旅館を後にしました。

午前中は佐伯市の元南海部郡弥生町にあった栂牟礼(とがむれ)城とすぐその隣の尾根にある小田山(こだやま)城を見学することになっています。由布院温泉からは約97㎞の距離で、ここは大分自動車道と東九州自動車道を乗り継いで行かないと間に合いません。どうにか、午前10時頃には弥生町の中心部に着きました。元の役場に立ち寄り、城山までの見学道路があるかどうか尋ねてみました。
そこの職員さんは丁寧に林道に沿っていけば車で近くまで行けると教えてくれましたので、早速、現地に向かいました。
栂牟礼城本丸栂牟礼城本丸
林道は小田山城の、最近開発・整備された「歴史の森ゾーン」と命名された広場(駐車場)に着きました。ここで車を降りて、まずは小田山城から見学しました。標高177mの丘陵頂部に位置しています。東西方向に延びる尾根線上にあり、約200mの長さを計ります。曲輪は中心部の平坦面が約100mあり、その西側のやせ尾根に小さな階段状の曲輪が連続して並んでいるようです。この山城の特徴は、城の東西の端に大きく切られた堀切があって、主郭部の周囲に約50条にも及ぶ畝状竪堀が巡っていることでしょう。

この山城の築城形態は、東側の栂牟礼城の形態と比較してあまりに違いすぎるとの指摘があり、栂牟礼城が標高223.7mの南北方向に延びる細い尾根線上に大小の曲輪5,6か所が連続して築かれる連郭式山城です。北端部では本丸から3つの曲輪がならび、分岐する尾根で深く、鋭い堀切が穿たれ、それらは二重、三重と連続する大堀切となっています。

また栂牟礼城は二ノ丸から延びる尾根線上に連続竪堀とみられる遺構が6条見られるほかは、あまり畝状竪堀と呼べるものは刻まれていません。この構築上の極端ともいえる違いが別個のものだと判断させる理由になっています。豊後国守護大友氏と国人佐伯氏、そして薩摩の島津氏らが関わってこの両山城が構築されています。果たして小田山城はだれが築いたのでしょうか?
岡城三の丸石垣岡城三ノ丸の石垣
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