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『井蛙草稿集(いのかわずしゅうそうこう)』について

井蛙草稿集2(轟木浄光寺) - コピー
新年早々、お手次のお寺さんから冊子をいただきました。『井蛙集草稿』と題する本です。

何でも、お寺さんの数代前のご住職、高木薫界さんが歴史に造詣が深く、お寺のことは勿論、幕末から明治にかかる激動の時代に越前の歴史やら、坂井郡一帯の動向を聞き書きしながらまとめられた草稿を、檀家で篤志家の浅田益作さんが古文書の読み方を勉強されて、読みやすい書き下し文に改め、また活字にして自費出版されたとのことです。

その意図するところは、前にもあとにも、この時期の貴重な歴史を書きとどめてくれた薫界和尚の功労を、檀家の皆さんに知っておいてほしいという気持ちからだったと言います。現在のご住職が、この浅田さんの奇特なご意志をくみ取って、出版を許可してくれたことから現実のものになりました。

城歩きマンは、この本を実際に手に取って読んでみて、初めてお手次のお寺さん(名前は高木山浄光寺と言います)のいろいろな歴史やら、また明治から大正、昭和にかけての福井県内の出来事がとてもよく分かりました。特に市民目線で各地の伝承や秘話、言い伝えを丹念に集め、原稿化していたようです。
草稿とは言っても、読み物としては何の不足もなく、そのまま意図する内容が伝わるかたちになっています。これもひとえに編者としてまとめられた檀家の浅田さんのお陰ですね。

B5判、総頁数60、掲載された項目数は80件に上ります。例えば、金津奉行所(江戸時代には坂井郡一帯を取り仕切る福井藩の郡役所)の歴代の郡代の名列や丸岡藩が毎年正月に天守から大砲を(空砲ですが)打ち放った本当の理由や、金津から吉崎までの参詣道路が作られた経緯や柴田勝家の姉君の末森殿が賤ヶ岳の合戦の折り、竹田の山奥に身を隠していたが逃げ切れずに密かに自害した、との逸話やら沢山のエピソードが盛り込まれています。

なかでも、一向一揆で有名な下間筑後法橋が信長との戦いに敗れ、越前八郡を任された勝家の追っ手から逃れて三国(現坂井市)の下野で高田派の門徒に見つかり、首を討たれた話とか、薫界和尚の尽力により本願寺のお寺が中心となって学校を建て、子弟の教育に力を注いだが、のちにこの学校が発展して今の「私立北陸高校」になったという話など興味ある逸話が沢山取り上げられていました。<この稿続く>
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COMMENT 4

怜の父  2021, 01. 20 [Wed] 23:01

なぜか当時の人になったような錯覚を覚えそうな本ですね。なかなかこのような郷土の新聞的な書物なんて手に入らないですよね。
貴重な一冊だと思います。

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城歩きマン  2021, 01. 21 [Thu] 06:38

玲の父さん、コメントありがとうございます。

この本をいただく前に、昔、北陸人類学会があって福井の研究者が中心になって、考古学分野を引っ張っていったと言うことを聞いていました。
我が薫界和尚もそのうちのメンバーの一人だったように聞いています。

そういうこともあって、とても懐かしくこの本を読ませていもらいました。
感謝。

福井は狭いようで広いですね・・・。

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midorishako  2021, 01. 26 [Tue] 18:00

面白い話ですね。
浄光寺のご先祖が郷土の歴史を綴っていてくれたことに感謝ですね。檀家の人との話のなかで、書き留めておくべきと思ったものを遺してくれたのですね。しかし、考古学の専門家でもあったというのもすごいです。是非読んでみたいと思いました。

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城歩きマン  2021, 01. 27 [Wed] 06:54

midorishakoさん、コメントありがとうございます。

わが轟浄光寺さんの3代前の住職が、歴史好きだったことは私がむかし、県史編纂のころにも機会があって、浄光寺所蔵の遺物、石器やら土器やらいろいろ集められたものを実測調査したことがあって、覚えていました。
今回、こうしてその人が書いたものが本になって、何か不思議な因縁を感じました。

今度の見学会の時に持っていきます。

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